あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

「先輩、お疲れ様でした。」

「お疲れ様。気を付けて帰ってね。」

はい、先輩も!と手を振って帰る後輩の姿を見送る。今日は少し遅くなった。

御幸の「お願いだから送らせて」という願いを丁重に断り、後輩たちとは反対方向を向く。視線の先には3つの影が立っていた。

「・・・?」

暗くてどこの学校かは分からなかった。ただ制服だというのが分かった。そして特徴的な髪型のシルエットが月夜に浮かんだ。

「轟、君?」

少し目が慣れてきたので近づいて小さく呼んでみると、びくっと大げさに肩が動いて、大きな2つの後ろに隠れてしまう。

「・・・こんな遅い時間にすみません。薬師高校野球部の三島と言います。」

近くに寄ってみると轟と秋葉もいる。薬師の制服を着た3人はユニフォーム姿とはまた違って、少し自信なさそうにそこに立っていた。

「いつからここに?」

驚いて思わず聞くと、秋葉も三島も苦笑いをしながら「30分くらい前からっす」と答えた。それならそんなに待たせていないと思い安心した。

2人の後ろにいる轟の口から「ナーダ先輩が・・・」という単語が聞こえる。「ば、ばか!雷市、ちょっと黙ってろ!」と注意されている。

「真田さんがどうかしたの?」

血流が激しくなるのを感じた。どうも「真田」という言葉を聞くとドキドキする。随分、背の高い2人を見上げると困ったような表情だ。

「いや、あの、真田先輩が・・・。」

「あ、えっと、俺達が勝手に来たんで。真田先輩がどうとか言うんじゃないんで!」

三島と秋葉は視線を合わせて、意を決したように頷き合う。

「ナーダ先輩が元気なくって。それで俺達・・・。」

その決意空しく轟が核心をしゃべってしまう。あぁ、そうか。急にすんなりと理解できた。この後輩3人は真田が元気がないから、

わざわざ部活の終りに青道裏の土手までやって来て、私が出てくるのを、こっそり待っていたんだ。

「真田さんの状態は如何ですか?練習はされてるの?」

「いや、軽いメニューだけっす。早めにあがって、近くの公園をウォーキングっつうか。気分転換っつうか。」

「大きな銀杏の木のベンチに座ってる!」

「雷市、うるせぇ。俺の話に入ってくんな!」

突然、目の前に出て来た小さな塊にぎゅっと手を掴まれる。見透かされるような強い視線だ。思わず見つめてしまう。

「真田先輩、元気がなくて。多分、貴女が心配してるだろうって思ってるんだと思うんです。」

繊細な男だ。あれからあんなに頻回だった連絡は途絶えてしまっていて、こちらから連絡するのは憚れていた。

「だから。俺達、えっと・・・。」

「有難う。」

最後まで言わなくても分かった。真田俊平とは何てチームの仲間に愛されているんだろうと思った。元気のない先輩を心配しているのだ。

その原因が彼等には分かるのだ。豆だらけの手にそっと触れる。驚いてすぐに離れてしまったが。

「・・・ライバル校のマネージャーの先輩に・・・こんな話するのおかしいと思うんすけど。」

声が小さくなる。

「言いに来ただけっす。」

「・・・うん。」

「すんませんした。俺たち帰ります。」

「・・・気を付けてね。・・・まさか走って帰る気じゃあ・・・。」

いやバスで帰ります、と苦笑いだ。轟は何か言いたそうにこちらを見つめている。「ナーダ先輩に会いに来て」すぐに分かった。

私は頷くしかなかった。少し驚いたような、嬉しそうな表情を浮かべた。「帰るぞ!」と言われて土手を走り去る3人を見つめる。

「・・・近くの公園・・・。」

場所は分かる。端末で予定を確認すると週明けが休みだ。最後の真田からのメッセージは「大好き」と大きなハートつきのスタンプだ。

その画面を見入る。あの美術館デートから外で会ったことはなかったが、メッセージをやり取りしたり、電話をしたりしていた。

野球の話はほとんどなくて、映画や本、音楽やドラマの話で、高校生らしいと言えばらしい話をしていた。

別れ際に「本気だ」と言っていたわりには出方を待つような、このままそっとしておいてくれて、優しい時間をくれるような、

そんな感じにしていてくれた。一方の御幸は焦っているのか、結構激しく自己主張をしている。

行くべきか、行かざるべきか。悩みはこの1点に尽きる。心配ではある。顔を見たい、声を聞きたい。そして安心したい。

でも、これは背信行為ではないか、その思いが巡る。この時期に相手の故障中の選手に会いに行くなど大丈夫なのか。

帰宅し、部屋に戻ってベッドの上に転がってみても、全く、答えが出てこない。誰かに相談を、とまで考えて

「クリス先輩・・・。」

クリスの連絡先を探しながら、「御幸一也」という連絡先が目につく。何も考えずに指が動く、2コールで御幸の声が聞こえた。

「どした?お前が電話してくるなんて珍しいな。俺の声が聞きたかったのか?」

こんなに早く電話に出るなんて!と正直焦ってしまい、うまく話し出せない。

「あ、えっと・・・。その、今度の練習試合のことで・・・。」

と何とか取り繕うと言葉を選びながらしゃべり始めると、御幸の声は急に真剣なものに変わる。

「何かあったのか。どうした?」

「・・・。」

「何かあったんだな。言ってみろよ。」

無言を肯定ととったのか、御幸の口調は有無を言わさない感じにさらに変わる。言葉が出なくて黙っていると御幸が笑ったのが分かった。

「お前、滅多に相談とかしない方だしなぁ。どう言ったらいいのか分かんないのか?」

ゆっくりでいいよ、と御幸は優しい声で言った。目を一瞬閉じて、思い切って言葉を紡ぐ。

「・・・真田さんが元気がないって、さっき、薬師の2年生が来て教えてくれたの。」

どういう反応をするか正直怖かった。御幸はただ簡単に「うん」と返事をした。息を吸って、大きく吐いて、言葉を探す。

「私、それで・・・。」

「心配なんだな、お前。・・・顔見に行ってこいよ。場所、分かるんだろ?」

それは本当に優しい声だった。

「でも、御幸君。私・・・。」

「お前、それって青道裏切るとかそんな物騒なこと、考えてんじゃねぇだろうな?」

言い当てられて答えられない。「やっぱりな」笑いながら「おい!沢村早く風呂入れ!」と怒鳴っている。

きっと外にいるのだろう。ベンチに座っているのか、もしかしたら自主練の最中だったか、どちらにせよ迷惑なはずだ。

「自主練中だった?あの、ごめん、御幸君。」

「俺さぁ。」

明るい声だった。

「お前のこと好きだし、正直、真田のところになんか行って欲しくないよ。でも、」

沢村たちの声が後ろで聞こえてくる。寮の喧騒が耳に心地よい。

「ここで真田に会いに行かないお前は嫌だ。・・・何か、嫌だ。」


何と勝手なことを言うのだろうか。

行って欲しくないと言いながら、行かないのは嫌だ、と言う。


「行きたいんだろ?顔、見たいんだろ?だけど、迷ってる。・・・そんな優しいところが好きだよ。」


皆、私を甘やかし過ぎだ!


「知らないからね。」

何故か泣きそうになった。声が詰まる。

「お~お~。別に大丈夫だぜ。俺はお前を振り向かせる自信はあるぜ~。何と言っても!俺、イケ捕だから。」

「真田さんのこと、本格的に好きになるかも。」

はっはっは、といつもように笑って、私の軽口に答えない。

「それでもいいな、って思う俺、やばいわ。お前が幸せならいいって思う俺、ほんと、やばい。」

小さな声だった。「ありがと・・・」そう言うのが精一杯だった。御幸も「おう」と簡単に答えた。

電話を切ろうと「じゃあね」と言おうとすると

「俺はお前を諦めるつもりはない。・・・珍しく本気なんだ。それだけ覚えといて。」


真田と同じことを言った。

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