あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

快晴でギャラリーもいつもより多い。きっと薬師戦の情報が出回ったのだろう。にぎやかだ。見られることはいいことだ。

1軍はまだアップをしなくていいので、各々試合を観戦したり、軽く身体を動かしたり、自由に過ごしている。

試合だというのに制服姿のままでいるのは多少の違和感を感じるが、偵察をしている、というのは分かるようにしておく。

スコアブックを広げて、撮影の準備をしていると、隣にユニフォーム姿の御幸が座る。ブルペンで投球練習をしているのは三島と真田だ。

真田はこちらに気が付くと、少し笑顔を浮かべて、手を振ってきた。その姿に微笑み返して、頭を下げる。それを見た御幸は

「随分、可愛いくて麗しい笑顔で真田にはサービスするんだな。」

と文句を言い始める。「俺にはいつもしかめっ面」ぶつぶつ文句を言うので、足を軽くぶつける。大げさに痛がるので、更に太ももをぺちんと

叩くと、さらに痛がる様子を曝す。真田はその様子を眺めていた。

「・・・ここぞとばかりの俺の前でいちゃつきやがって。嫉妬でこっから御幸の顔めがけて暴投しそうだぜ。」

思わずごちる。しかし、首をぐるりと回して

「愛しの姫も見てることだし。頑張らせて頂きますか!」

と獲物を見つけたような野心丸出しの表情を真田は浮かべて、相手チームを見た。その表情を見ていた。あれだ。あの顔だ。

あれが味方を鼓舞し、相手を威嚇し、自分自身を高みに持っていく。あの表情をする時の真田は最強だ。

「さ、お手並み拝見といこう。」

試合が始まる。メンバーがホームベースに並ぶ。こちらの偵察もこれから始まる。ペンを握る手に力が入った。薬師の基本データになるからだ。

順調に点を取りながら、試合は結構なスピードで進む。相手のピッチャーの疲れが見え始めた5回目以降、少し心配になってくる。

すっぽ抜けの球が時々出る。あれは危ない。そろそろ交代時か、ベンチも動き始めた時、打者は真田だった。

わざとではないにしても身体に近い球が続く。

「・・・危ないな・・・。」

御幸の独り言で顔を上げた時だ。真田の頭にボールが当たった。思わず「あ、」と声が出て腰が浮いてしまった。

「真田!」「真田先輩!」「ナーダ先輩!!」監督や部員の声が聞こえて、倒れ込む真田を取り囲む。すぐに担架が出てくるが

真田は何とか立ち上がるが、そのまま、そこに膝を折ってしまう。青白い真田の横顔が見える。

「車を回します!」

副部長の声が響いて、試合が止まる。轟監督は薬師の副部長に引率を頼んでいるようだ。相手チームの監督も出てくるが、轟監督は

「怪我はつきもんですよ。気にしないで下さい。さ、続けましょう。」

と気丈に答えていた。その言葉を聞いた御幸は

「あんな言い方するんなら、多分大丈夫だ。監督たちは大人だし、プロだし。判断に間違いはない。」

と落ち着いた声で言った。立ち上がって車の方を見て、「落合コーチもついて行ってる」と付け加えた。手の震えが止まらなかった。

御幸はその手をしっかりと握った。

「・・・大丈夫だ。意識はあるようだし。ちょっとしたふらつきだろう。ヘルメットに当たった音もした。心配するな。」

と小さく言った。声は音として聞こえているが、意味がすぐに理解できなかった。「おい!」と声を掛けられて、御幸の顔を見る。

「御幸君・・・。」

「大丈夫か?お前の顔の方が真田よりよっぽど真っ青だ。」

「・・・大丈夫。ちょっと、びっくりした・・・。」

「貸せ。俺が書く。」

スコアブックを取り上げられ、「お前はビデオの確認してろ」と言われる。「うん」と答えて、ビデオを止めて調整をしていると

ピッチャーが交代して試合が再開される。その後、薬師は何とか勝ち逃げて、青道との試合に2軍が臨んだ。

その時に轟監督が片岡監督に

「真田は大丈夫です。いや~、御心配お掛けして。」

と報告しているのを聞いて、ようやく、落ち着いた感じがした。帰途の相手チームにも連絡をして、そのお詫びの言葉を代わりに伝えた。

「お、悪ぃな。びっくりしたろ?頭に当たるとビビるよなぁ。」

音スゲぇからなぁ、と独り言のように言った。

「・・・あの、真田さんは本当に?」

聞かずにはいられなかった。

「あぁ、本当に大丈夫なんだ。ただ。・・・ま、しばらくは出られないだろうな。夏までには間に合うだろうけどな。」

真田は足に故障があり、それをようやく克服したところだ。それに今度は頭に打球。いくら真田でも休養が必要なのは理解しているだろう。

思わず下を向き、唇を噛んで、手をぎゅっと握りしめてしまった。その様子を見て

「可愛い子が心配してたぜ、って伝えとくよ。」

そう言うと、大きな手がポンと頭の上に置かれた。「優しいんだな、ありがとよ。」ゆっくりと頭を撫でるその手は本当に優しかった。

少し頭を下げて、ベンチ裏に戻る。御幸はその様子をじっと見つめていた。

「敵わねぇなぁ。」

「日ごろの行いの問題だろ?素行の悪いお前に神の御加護はねぇんだよ。」

倉持は御幸を見ていつものように笑った。御幸はつまらないのか、「ちぇ~」と言いながらグランドでミーティング、道具を片付け始めた。

一方、食堂でおにぎりを作った後始末をしていた。3校分だ。容器を全部出してもまだ足りないような状況だった。

後輩達は洗濯、ボール整理をやっている。1人で片づけていると思わずボールを床に落としてしまった。手だ。手に力が入らない。

大きなボールを持ち上げようとして手を伸ばした時、誰かが代わりに持ち上げた。手で分かる。御幸だ。

「・・・御幸君。有難う・・・。」

小さく言って、ボールを受け取ろうとすると調理台の上に勝手に置いた御幸に手を掴まれた。

「震えてんな。・・・怖かったか?」

「違う。おにぎり作り過ぎて手が痙攣しちゃって・・・。」

「真田のことが気になるんだな。」

それは事実だった。大丈夫だと言われたが、気になって仕方がない。もう公式戦も始まろうとしているこの時期に、相手校の心配なんて

している場合ではないのに。相手の怪我を喜ぶわけではないが、ああいった事故や怪我は自分たちにも起こりうることだ。

ただ頭を打った後、自分で立ち上がろうとした真田の責任感の強さを垣間見たようで胸がざわついた。

「皆の怪我なんて日常茶飯事で見慣れてるのにね。私ったら大げさだよね。大丈夫だって轟監督だって言って・・・。」

そこまで言うと強い力で引っぱられた。御幸が身体ごと引っ張ったのだ。この間と一緒だ。大きな御幸に包み込まれる。

「大丈夫だって。心配するな。歩いてたし、何より監督たちが言うのが本当だ。」

うん、と頷くしかできなかった。「落ち着け。な?」優しい言葉だった。今まで聞いたことのないような労りの言葉。

胸がざわつくし、何より痛い。目の奥がちかちかした。何も出来ない焦りとかそういうものではなく、喪失感のような感じだ。

ただ身体だけが震えた。

「気になるんなら連絡を・・・。」

「御幸君。」

目を閉じて、大きく息を吸って吐いた。その息は御幸の首元をかすめた。

「何?」

「・・・どうしてこんなに優しくしてくれるの?・・・らしくない。」

それもそうだ、と御幸は思った。いじわるキャラの御幸は優しくはしない。いじっていじって、最終的に怒られることはあっても、こんな慰め方は

したことがない。「そうだな」と呟いた。

「好きな女には優しくしたいって、男の本能なのかもな。・・・俺も今、初体験の気持ち。」

そう言いながらも、この初体験の感情を悪くない、とも思った。世の恋する男子高校生はこんな感じなのかと思った。

駆け引きなしで、何の裏もなくて、ただひたすらに優しくしたい。世に聞く「女の子の甘い匂い」はしなくて、この腕の中の存在からは

海苔とご飯の匂いがした。これも悪くない匂いだ。

「いつからそんな恋する高校生になったのよ。」

「知らね。ただ、いつかなぁ。いつからかお前のこと、意地悪したくして仕方なくて。そしたら嫌われて。」

お前の俺を嫌う顔も好きになったんだよ、と笑った。悪趣味ね、と曇った声が聞こえてくる。

クリス先輩に微笑まれるのも、ナベや倉持に話し掛けられているのも、何もかも気に入らないから、間に入って意地悪をする。

「御幸一也は何であんなに意地悪するんすかねぇ。何なんすかねぇ、あの人。」

同じように苛められている沢村も不思議そうに言っていたのを思い出した。あの時、私は何と答えただろうか。


何を言っただろうか。そうだ。こう言ったんだ。

「沢村君、キャプテンはお気に入りを苛めるのが趣味なのよ。君に期待してるの、無意識に。」

分かったふりをして、お姉さんぶって、そう言った。


「そっか・・・。私は御幸君に好かれてるのか。」

「だ~か~ら。そう言っただろ?もう忘れたのか。」

呆れたように答えられると、急におかしくなった。そう、もう御幸も真田も後戻りはできない。それを選ぶしかないと思っていた。

どちらかを。一方を選ぶと、自分は裏切者になるのでは、と恐れた。違う。どちらも「選ばない」という選択肢がある。

御幸にも真田にも、自分以上に好きになる人が出来るかもしれない。御幸の胸を押し、自分で、自分の足でしっかりと立つ。立てる。

「選ぶのは私なんだ。」

「そうだよ。俺たちの運命はすでに女神に託されたってやつ。」

だからさ、と御幸は優しく呟いた。

「何を選んでも、俺は、きっと真田も。受け入れる。恋に落ちた哀れな俺達は審判を待つだけの身なんだぜ。」

ロマンチックな言い方をするものだと感心した。少し笑いながら御幸と一緒に調理室を片付ける。しばらくするとその音を聞いた後輩たちも

集まって、皆で食堂を片付ける。終わると誰かがお茶を持ってきて、机に座って飲む。野球や学校の話をする。悩みや喜びを語り合う。

仲間だ。ここにいるのは同じ夢を持った仲間だ。御幸も困ったように笑いながら輪の中に入る。


ああ、この仲間に入りたいって思ったんだよね、と2年前を思い出した。

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