あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

「皆が純粋に野球が好きなように、私も純粋に野球が好き。面白いもん、野球。誰よりも1番長く高校野球をしていたい。」

甲子園の優勝、それこそが日本でこの夏、1番長く野球をやれていた証拠だ。3年生は夏までだ。甲子園が終わればグランドを去る。

御幸や真田はこれからどうするのだろうか。死ぬ程に羨ましい野球の夢はまだ続くのだろうか。

「大学に進学してスポーツマネージメントか、選手の心理的なサポートを学ぶかしないか?」

片岡監督に提示された進路の話を思い出す。まだ終わった後の事を考えるのは嫌だった。大学の資料を見せられ絶句した。

「・・・今はまだそこまでは・・・。」

そう返すのが精いっぱいだった。監督とコーチは苦笑しながら

「結論を出す日は意外に早くくるぞ。」

と言って資料を手渡された。「どの学校も手厚いサポートをしてくれる」私は3年なんだ、と見せつけられた。皆は何を考えているのだろう。

そう思った時、薬師で真田に声を掛けられた。同じチーム内で聞くのは憚られた。真田なら聞いてもいいのでは?そう思った。

御幸が結構な拒否反応を示したのは予想外だったが、不思議と穏やかな気持ちになれた。

「・・・私はあなたの支えになりたい。」

「・・・物理的になってくれんの?」

「いや、精神的に。」

真田が好きなのか、御幸が好きなのか。分からなかった。ただ真田は「それでもいいよ。」と笑っていた。「なぜですか?」と聞くと

きょとんとした声で「え?俺が君を落とすから。つまり好きなのかは、これから決めればいいんだよ。」当然のように言った。

そして、多分俺は、と言って、「精神的に君を必要としてるんだろうな。」と呟いた。皆、迷っている。迷いながら生きてる。

「俺としてはここで、ちゅーぐらいしてぇ。」

「頑張ろう、御幸君。今はやるべき事があるでしょう?」

頑張ろう、は自分にも言い聞かせるような感じがした。自分より遥かに大きい御幸の身体を抱き締めて、その身体から伝わる温かさに

何だかほっとして、真田に優しく抱き締められた事を思い出す。誰かに思いを言う事、大事な事だ。御幸は肩から顔を上げた。

まるで小学生のような、可愛いと言ったら怒るだろうけれど、そんな顔をしていた。ごめんね、と呟いた。

「何が?」

御幸の質問に答えた。

「私、嫌な女の子で。・・・もうちょっと仲良しごっこがしたいの、きっと。」

多分、答えはこれだ。仲良しごっこ、ただの周りも見えない、将来に不安を持つ、誰かに依存したいという気持ちを「責任感」とか「正義感」で

隠して、強がって生きているのだ。御幸はその言葉に反応せず、身を離して、机の上にあった2番の背番号を取った。

それをずいっと突き出して、「これにちゅーしろ。」と命令した。

「言うに事欠いて。・・・横暴な要求。」

「布になら出来るだろ?」

「それ、御幸君のってまだ決まってない。」

「決まってないから、してくれ。俺、死にもの狂いでこの番号、死守するからさ。」

誰が他にやるか!と何だか鼻息荒い感じになっている。こうなったらテコでも動かない。仕方なく受け取ると、そっと裏地に唇を寄せた。

その様子を満足そうに見つめると、「よっし!俄然やる気が出てきた!」と声を上げる。そして手を差し出す。思わずその手を取ると

「アイロン、残り1枚だろ?早くやれよ!」

誰のせいだ、と思いながらも、やはり最後のエースナンバー、心を込めてアイロンがけをして、籠の中に収めた。

この番号のアイロン掛けも、スコア付けも、この夏の大会までで最後だ。下を向くと涙が零れそうだった。意識して前を向いていた。

「御幸君は・・・。」

「俺?俺が何?」

御幸の方を向くとネクタイを外して、胸のポケットにしまって、ジャケットのボタンを外して、ポケットに手を入れた御幸がいた。

どこにでもいる「高校生」だ。

「・・・。」

これからどうするの?と聞きたかった。進学か、プロか。もちろんプロのスカウトがグランドに来ているのも知っている。言えない。

言えないから他の事を聞く。

「・・・真田さんにおかしなマネしてないでしょうね?」

「え?!」

「話し掛けたりとか、睨みつけたりとか。そういう事。・・・してないでしょうね?」

「シテナイ。」

「・・・渡辺君に聞いてみる。」

え?マジで?やめて!と慌てる御幸を微笑んで見つめる。背番号を入れた籠をロッカーにしまい、アイロンを片付け、裁縫箱を抱える。

部屋の扉を御幸が開けてくれたのでお礼を言いながら出る。扉を閉めて御幸はこちらを見ずに言った。

「俺、お前の事、好きなの本当だよ。ずっと初めて会った時から気になってた。2年くらい気持ち、隠してた。」

そこまで言うと、急にこちらを向いた。

「野球に夢中だったってのもあるけど。お前が誰のものにもならないだろうって思ってたから。」

恋に落ちるなんて正気の沙汰じゃない、と言ったのは真田だった。

「でも、お前は俺じゃない誰かのものになるのかと思うと、すっげぇ気分悪かった。」

「・・・私はものじゃない。それこそ、そんな感覚、気分悪い。」

悪ぃ、と小さく言って御幸は少し下向き加減になった。

「真田って俺とは正反対だろ?あいつ、怖ぇよ。俺にとっては未知なる生物。」

「それは・・・真田さんにとっての御幸君もだよ。イケメン過ぎて気味悪いって言ってた。」

御幸ってイケメンだけど、性格もだろ?凄すぎて気味悪ぃわ、あいつ。真田はそう言っていたが、ライバルチームの主将を尊敬している、

その気持ちの表れだと思った。目が真っ直ぐで、少し眩しそうにそう言っていたからだ。グランドの電気が落とされ、御幸といる廊下に

月明かりが差し込む。御幸の横顔を月明かりが照らしている。少し影になっている部分もあるが、随分大人びた顔だと思った。

私はどんな風に見えているだろうか、ふと思った。月明かりは怖い、何もかも照らしてしまいそうで。不安だ。

「誰にも負けたくない。誓うよ、もう、絶対に負けないって。」

「・・・きっと誰も、何にも負けないんだよね。それぐらい強い想いがあるんだよね。」

それが誇らしい。仲間がいて、ライバルがいて、この時間は決して無駄ではないはずだ。御幸は小さく「手、握っていい?」と言った。

嫌ではなかった。だから頷いた。御幸の手に握られた自分の手は小さかった。真田に引かれた時もそう思った。

その手の大きさは努力の時間の証のように思えた。

「この手の感触を覚えて・・・。」

「ばか。」

「な!ばかって言うな。きっと真田だってだな~。」

「ばか。」

2回も言うな!と抗議しているが、笑顔だ。この笑顔は良い笑顔だ。変に緊張して作っている笑顔ではない。いつもの笑顔だ。

「がんばろうね、キャプテン。」

「お~。甲子園に連れて行って欲しいかわい子ちゃんが多いから大変だぜ。」

この覚悟だ。自分のためにはもちろんだが、仲間のために、これもこの人たちには大変に大きな事だ。その中に入っているだろうか。

この焦り、野球をプレイできない、この悲しみ。いつしか忘れてマネージャー業に専念していたが、偵察に抜擢されて、思い出す。

野球をするのは9人、分かってる。そこには入れない。入れない部員が山ほどいる。しかし、どうにも感情をコントロールできない。

「自意識過剰。」

自分にも当てはまる言葉を呟いた。御幸には聞こえなかったのか、「何か言ったか?」と言っている。頭を横に振って「何でもない」と言う。


あと3か月なんだ、と猛烈に思う。

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