あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

スコアブックが出揃って、ビデオテープも出揃った。渡辺と工藤、東尾はその資料整理を始める。

マネージャーの仕事が残ってるから、と告げてグランドへ向かう。今日はユニフォームと背番号の最終確認をしないといけない。

クリーニングの手配、遠征の宿泊時の部屋割り、強豪校はやる事が多くある。出されている背番号にアイロンを掛ける。

洗濯取り込みはすでに後輩達がやってくれている。最終確認をしながらのアイロン掛けは上級生の仕事だ。

ほつれはないか、かすれはないか、1枚ずつの確認だ。大きい番号からやり始めて、「2」の所で手が止まる。御幸の番号だ。

「お、捕手の背番号。念入りにアイロン掛けてくれよ。」

御幸はまだ制服姿だった。「早く着替えたら?」と声を掛けると、「お母さんか!」といつものように軽口だ。

何事もなかったかのように、2番の背番号にアイロンを掛け始めると、御幸は近くの椅子に座った。

「・・・今日、薬師の試合、行きたかったか?」

「別に。どこの試合を割り当てられても、文句なんてないし。どこにだって行くわよ。」

アイロンを掛けると、そっと大切なもののように持ち上げて、ほつれがないかどうか念入りに見る。少し角がほどけかけている。

椅子に座り、今度は裁縫道具を手にする。御幸はその姿をじっと見つめている。

「・・・そんなに監視してなくても、ちゃんと直すわよ。」

「見られてると緊張する?」

「する。・・・お針はそんなに得意じゃないから。」

苦手なものもあるのか、と何だか御幸は感心してしまった。何でもだいたいそつなくこなしている中で裁縫が苦手とは。

仕上がりを見ているととても「苦手」とは言えないものだ。ここは本人の認識の問題なのだろう。

制服のネクタイを緩めて、改めてその姿を見つめる。「緊張する」の言葉通り、こんなに見ているのにいつものように反論が出ない。

集中しているからだろう。机の上にある裁縫箱は可愛らしい折り紙の柄だ。随分、和風なものも持ってるんだなぁ、と今さらながらに垣間見る。

細く白い指は御幸がやるより随分上手にほつれを直していく。一寸のズレもなく重ねられた背番号、几帳面さが出ている。

「今日は真田は投げなかったよ。」

「でしょうね。」

「知ってたのか?」

「彼は先週の練習試合で投げて、やっぱり足に違和感あるから、今週はもう投げないの。」

やり取りしている証拠だ。御幸は不愉快な顔をしてしまった。

「随分仲良くしてるんだな。」

「仲は悪いとは言わないでしょうね、この場合。」

別に気にする風でもなく答えた返事に御幸はさらに不愉快な気分になった。突然、デートに行ったという話も思い出す。むかむかする。

その様子が分かるのか、少し笑みを浮かべて針を動かしているのを見ると、さらにむかむかした。

「・・・こっちの情報も流してんのか?」

「痛っ。」

小さく出した声に思わず腰が上がった。「見せてみろ!」と乱暴に言うと、「大丈夫、ちょっと刺さっただけだから」と答える。

そんな声は無視して、左腕を取り、指先を見ると、血が滲んでいる。針で刺したのだ。十中八九、御幸の発言のせいだ。

「・・・そんな事、するわけないでしょ。・・・御幸君がそれを信じるかどうか分からないけど。」

手を離せと言わんばかりに軽く睨みつけてくる。御幸の暴言に怒っているのだ。

「・・・血、出てるじゃないか。」

「処置するから手を離して。」

御幸の呟きに機嫌が悪そうに答えた。先ほどまでの穏やか、とまでは言わないが、いつもの会話はどこへいったのか、険悪だ。

下向き加減で、表情は御幸には分からなかった。ただこちらもむかつきが極限だ。この手を真田に繋がれたのかと思うとなおさらだ。

ためらわずにその白く細い指を口にくわえた。

「っ!、御幸君!」

いくらなんでも、これはない、と御幸自身も思った。ただ、どうにも我慢できなかった。指をくわえられた本人は思わず立ち上がった。

その反動で、後ろがなくなったからか、御幸の勢いそのままに壁に身体ごと押し付けられるような形になった。椅子がガタっと音をたて倒れた。

傷があるだろう場所にゆっくりと舌を這わせる。制服姿、スカートだ。緩んだ足の間に、自分の太ももを入れこむ。右手も抑え込む。

ここまでされると何をしても御幸の身体はびくともしない。そもそも体幹が違うのだ。

「や、めて!御幸君!」

言われて指から口を離し、御幸はその表情を覗き込んだ。怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも驚いているのか。足に力はない。

「このままキスするっていうのも手だよな。・・・真田にされる前に。」

「大声出すわよ。」

「多分、誰にも聞こえないし。あ、そうか。聞こえないのか。こりゃいいや。」

つくづく自分の属性に心の中で苦笑した。「本当、好きな子いじめるの、地でやってるよね」と渡辺の声が聞こえそうだ。認めざるを得ない。

「ナベに好きだって言ったらしいな。」

ちょっとわくわくしてくる。これを言ったらどんな表情をするだろうか。

「・・・少なくとも、御幸君よりは好きよ。」

お~、こうきたか。(ちょっと予想外)

「お前、状況分かってんのか?こちとらお年頃の男子高校生よ?」

「お年頃の男子高校生に倫理観と自制心がある事を期待する。」

舌なめずりしちゃいそうだ、と御幸は笑みを浮かべた。なかなか、この状況でこの会話はないな、と思った。肝が据わってる。

本気で真田を攻略するつもりなのか、と一瞬思ってしまう。いや、違う。真田は本気でこいつを狙ってるし、落とそうとしている。

バカ真面目は「正義感」とやらか、本当に偵察という観念だけで年頃の男と会っているというのか。沢村並みの馬鹿だと思った。

そんな事があるはずがない。現に今、自分自身もこのままどうにかしてやろうか、と邪な想いを抱いている。

「ない、そんなもんはない。理性ない。性欲しかない。このままお前の事、めちゃめちゃにしたい。」

出た言葉は自分でも信じられない程、情けなかった。そのまま頭を下げて、細い肩に顔を埋めて、「自制心なんかねぇよ」と呟く。

無性に悲しかった。絶対正義みたいなものを見せつけられて、高校野球なんて青春ど真ん中!潔い!などと言われているが

実際は全くの欲の塊で、正常な男子高校生の範疇で、女の子と付き合いたい、付き合って色々したい、まみれている。

すると小さな手が御幸の背中に回ったのが分かった。

「ここでめちゃめちゃにして、とか可愛い女の子なら言わないといけないのかもだけど。」

笑っているのが分かった。

「甲子園狙ってるチームのキャプテンに強姦疑惑とか、洒落にならないわよ?」

「それでもいいもん、俺。欲望を抑えきれない。今度ある高校最後の合宿で間違い起こす、その自信ある、俺。」

「バカな事言ってないで。」

ねぇ、御幸君、とすり寄るように頬を頭に寄せられたのが分かった。そのままズルズルと身体が壁をつたって、足を折る。

「御幸君の事、大切なの。この気持ち、分かって貰える?」

「俺、大切なんていらねぇよ。欲しいの、お前の身体。」

「欲の塊ね。身体じゃなくて、心とか言って欲しいところなんだけど。」

じゃあ、心。と小さく言うとまた笑ったのが分かった。笑っていて欲しい、そう願う事もある。何も機嫌の悪そうな顔だけが好きなんじゃない。

「ここでずっと頑張ってきたね。東さん達がいて、哲さんや純さん、クリス先輩がいて。御幸君、倉持君。沢村君達が入ってきて。」


私も御幸君も青道を裏切らない。

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