あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

夏の甲子園を目指す戦いが始まる。待ってくれない、日々の練習を積み重ねるしかない。練習とミーティングと自主練と、繰り返す日々だ。

御幸の意思表示で「偵察禁止」が出ていたが、そうも言っていられないのも現実だ。

あのそっけないメールから2人の緊張関係は少し変化したようだし、と渡辺が言い始め、そろそろ「解禁かな?」と笑った。

他校の練習試合の予定が組まれる、市大、稲実、薬師、この3校は外せない。外せないが、意図的に薬師を外される。

「・・・。」

薬師ではなく稲実の練習試合に行くように言われ、スコアブックを見つめる。配慮だとは思うが顔を上げると

「薬師は俺とナベで行ってくる。」

思わぬ発言に言われた渡辺も驚いている。制服姿の御幸は笑みを浮かべて「薬師は要注意だしな。」と付け加えた。

「いや、御幸が来なくても俺たちで・・・。」

「いやいや。俺も直接見ておきたいのよ、最近の薬師。っつうか。最近の薬師のエース?」

最悪、と思って思わず眉間に皺が寄る。御幸はこれまでにない笑顔を浮かべている。何か言うのか?という顔だ。渡辺はおろおろしている。

「私たちもう出ます。稲実の会場、遠いし。工藤君、10分後に校門で。ビデオ持ってくるから。」

何か言われる前にさっさと食堂を出る。球場が遠いので2人で行くように、との監督命令なので、仕方なく従う。人質は工藤だ。

残された御幸、渡辺、工藤、東尾に微妙な空気が漂う。「ほら~」と小さな声が各自に上がる。矛先は御幸だ。

「・・・あんまりいじわるすると本格的に嫌われるよ?御幸。薬師に彼女と一緒に行きなよ。」

「い・や・だ。」

やけに可愛い御幸の即答に、はぁと息を吐いて、「工藤、じゃあ稲実は頼むよ。」と声を掛け、仕方なく偵察の準備を始める。

窓の外を荷物を持って真っ直ぐ前を向いて出掛ける姿を御幸は見た。絶対に食堂は見ない、という意志の強さ。

風に揺れる髪の毛、意志の強そうな瞳、怒らせはしたが、純粋に綺麗だな、と御幸は思った。


あの気の強い、真っ直ぐな瞳に写るのは自分だけであって欲しい。


早めに球場を到着すると薬師はまだ球場の外にいた。

「お、ライバル発見♪」

「どうして、そんな彼女が嫌がる事ばっかりするの?・・・決定的に嫌われるよ?」

嬉しそうな顔を御幸は浮かべて、球場の壁に寄り掛かって音楽を聞きながら目を閉じている真田の方へ歩いて行く。

目の前に影が掛かり、真田は顔を上げた。「ど~も」と御幸の暢気な挨拶に、真田は笑みを浮かべた。

「え~、今日の偵察、お前なのかよ。こりゃやる気もなんも全部失せるぜ~。」

「この間はど~も、うちのマネがお世話になったようで。」

「あれ?デートも手も繋いじゃったことも全部聞いちゃった?え~、ピュアなデートしたのバレて恥ずかしい~。」

知るはずもない、御幸も今初めてデートの話は聞いたし、もちろん真田もこの間のデートの話を御幸にしているはずがないと踏んでいた。

そこは顔には出さず、御幸は微笑んでいた。真田は試すような視線だ。

「俺、お気に入り取られるの、昔からほんっと嫌いだから。」

「偶然!俺も。・・・まさか自分が先に好きになったとか言わねぇよな?」

「まさか!ただ後からノコノコ出て来て、かっさわられたら胸クソ悪ぃだけ。・・・全部、渡さねぇよ。」

「危機感丸出し、余裕ねぇなあ。こりゃ、女の子にモテないわ。何であんなに黄色い声が飛ぶかねぇ。」

見る目がねぇなぁ、と腕を組みながら言ったが、、真田は帽子を被り直し、寄り掛かっていた背を伸ばし、真正面に御幸を見据えた。

「こんなにマジなったことねぇから、こっちも探り探りだけど。」

少し背の高い真田は御幸を見下ろす程ではないが、何故か視線が合っているのが分かった。

「選ぶのは彼女だし。選ばれる自信も俺にはある。・・・俺も全部譲る気ねぇよ。青道のキャプテンさん?今日はお手柔らかに。」

ナーダ先輩!と大きな声が聞こえてくる。後輩たちが迎えに来たのだ。御幸はさっさとその場から立ち去る。

渡辺は面倒くさそうな顔をしている。「ごめん、ごめん」と口先だけの謝罪を言うが、鋭く見破られる。

「何か知らないことでも聞かされた?」

「・・・敵わねぇな、ナベには。・・・ま、ちょっとびっくり情報だった。」

観客席に座りながら、早速偵察だ。薬師、特に真田を見たかったのは本当だった。下半身の強化が成功しているようだ、というのは

知らされていたし、真田の下半身、特に足の故障の治り具合の確認は重要だ。噂で真田が9回を全部投げたというのも聞いた。

何故そんな事をしたのか、と思った。真田はこれまで9回を投げた事はない。噂なのか、真実なのか。自分の目で確認したかった。

「この様子だと真田は投げないかもね。投げても7回から。」

「そうだな。さっき話した時、左足に体重をいつもより掛けてた気がする。本格的に治ってきてるのかもな。」

「そう言われればそうだね。あんな立ち方は去年までは見たことないね。腰回りも大きくなってるのが遠目で分かったよ。」

2年生になった、あの強打者が相変わらず笑い声を上げながら打席に立っている。試合も薬師優勢だ。これでは真田の出番がない。

そのまま真田の登板はなく試合は薬師勝利で終わった。

「・・・真田の投球を見れなかったのは残念だね。」

スコアブックを閉じながら、渡辺はビデオを切る。御幸が返事をしないので顔を横に向けると、整列している薬師メンバーを見ている。

思わずその視線を辿ると、グランドで真田が笑みを浮かべて、こちらを見ている。渡辺は頭を下げるが、ちっと舌打ちをして御幸は立ち上がった。

「不愉快なイケメンだねぇ、あいつ。」

「御幸もよくそう言われてるよ。似た者同士なのかな。同じ女の子を好きになったりさ。同族嫌悪って奴?」

さらっと毒を吐いて、「さぁ、帰ろう」と声を掛ける渡辺に「ナベ、怒ってんの?怒んないでよ!」と御幸はからから笑う。

帰りの電車の中で御幸は溜息を吐いた。

「今日、機嫌悪そうにしてたなぁ、あいつ。メールで謝ってからは、普段通りに話してくれるんだけど。」

また溜息を吐く。

「何か違和感感じてたんだけど。・・・真田とデートしたんだって。」

「へぇ。真田って手早いんだね。見たまんま。」

また渡辺は毒を吐いている。

「御幸は女の子にモテても、デートなんかしたこともないし。優しくないし、いじわるだし。負け感漂うね。」

「うるせぇ。」

「それにしたってデートかぁ。映画でも行ったのかな?純粋なデート?それとも偵察の延長かな。」

「さぁなぁ~。手は繋いだって言ってた。いいなぁ、俺なんか2人きりで出掛けたのなんてないぜ。」

そんなに羨ましいならクリス先輩に優しくする方法でも習えば?と渡辺は笑いながら御幸の言葉に返答する。

「真田より傍にいるって有利な条件かと思ってた。」

「違うみたいだね。最近は携帯電話っていう便利機器もあるしねぇ。」

傍にいたって、その気持ちがこっちに向かないのなら意味があまりない。つい優しい言葉よりも先にからかったりいじわるしたり。

そっちの方をやってしまうのだから、今さらながらにこの「質」が憎い。

優しい言葉はなかなか出ないが、意地の悪い言葉なら考えず口をついて出てしまう。嫌がってる顔を見て「可愛い」と思う自分。

「ま、確実に嫌われるな。」

「御幸、諦める?」

「い~や。諦めは悪い方だよ、俺。はっはっは!」

「お、確実に嫌われるタイプの男だね。ちなみに俺はこの間、優しいから好きって言われたよ、彼女に。」


マジで? マジで。

え~、ナベのことは好きって? そう好きだって。

何だよ~、俺だって優しいこと言うじゃん? え?いつ言った?

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