あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

心からの優しい言葉に素直に頷けなかった。本当に自分は嫌な奴だと心底思った。何が出来るというのか。自分は愚かで何も出来ない人間だ。

「・・・私が1人よがりだから・・・何か出来るって思い上がっていたから・・・。」

「そんな事ないよ。君は青道の役に立ってるよ。君の分析力にかかれば、俺も丸裸だ。でも、君はしない。君はいい子だから。」

少し顔を離して、覗き込まれ、ゆっくりと少しかさついた指先で涙を拭われた。

「卑怯者は俺だよ。つい、君に逃げた。君の正義心に泣きついたんだ。君を好きになった。野球への献身の高い君を。」

だから俺が悪い、と小さく言った。真田の腕時計はピッと電子音を告げた。時間的に15時を告げたのだろう。「帰ろうか」真田は言った。

頷いて、真田に手を引かれるままに立ち上がった。そのまま真田は手をぎゅっと握りしめた。豆が潰れて、固くなった手の平は御幸と同じだ。

「野球してない俺を見て欲しかった。・・・俺の我儘。野球というツールでしか君は俺を見てないのに。」

「!そんなこと!」

「薬師の投手でしか、俺は君にとって価値がない。」

「・・・私は・・・。」

「君は青道の偵察だ。知ってたけど。・・・止められなかった。」

行こう、と呟いて手を引かれるまま大通りに出た。勝手知ったる様子で道を駅に向かって歩く。「A駅でいい?」聞きながら時間を確認している。

「・・・真田さん。」

「何?」

手を引かれながら、涙でかさつく目尻をハンカチで拭う。真っ直ぐ真田を見つめて

「・・・私が真田さんを、薬師を徹底的に分析します。」

お~、そりゃ怖いと真田は笑った。

「じゃあ。」

笑いながら、真田はぐいっと手を引っ張って、自分の方へ引き寄せた。

「薬師が甲子園行って、俺らは近いうちに引退する。そしたら・・・俺の想いに応えてくれる?」

耳元で、それは真剣な声色だった。その言葉には笑うしかなかった。

「甲子園に行くのはうちです。・・・そうしたら真田さんの恋は成就しませんよ?」

「俺は逆境の方が燃えるんだよ。知ってるだろ?青道の偵察係さん?」

帰りの車内は人は少なかった。真田はぽかぽかと降り注ぐ陽の光にうつらうつらと眠ってしまった。疲れたのだろうか、と自分の手を握ったままの

大きな手にそっと触れた。練習をしている傷だらけの手、この手からあの球が放たれる。でも、この手は涙も拭ってくれた。

「優しい人。・・・私は誰も裏切りたくない。」

小さく言った言葉は誰の耳にも到達しない。まもなくA駅だ。起こされる前に真田は目を覚まし、「あ、握っててくれたんだ」と軽口を言った。

駅前に出て、バスターミナルの方を指さし、「今日はバスで帰ります」と告げた。

「今日は有難うございました。」

「また行こうね。俺、また休み勝ち取るわ。」

「楽しみにしています。真田さんが9回頑張って勝ち取って下さるのを期待しています。」


私は誰も裏切りたくない。


明日は日曜日。青道は練習試合だ。バスに乗って相手の学校のグランドへ出向く。過ぎる景色を見ながら携帯を取り出す。御幸のメールだ。

御幸はラインではないので見ても支障はなかったが、それでも真田がいる時は努めて見ないようにしていた。

ようやく受信BOXを開く、題名のない御幸のメール。どれ程の罵詈雑言か、溜息が思わず出てしまう。


「この間はごめん。あまりにも一方的過ぎた。必要最低限の話しかできないの、結構つらい。」


何度もその文面を読み返すが、罵詈雑言も嫌味も、ましてや真田と出掛けたのがばれたのか、とも思ったが全く欠片もない。

手法を変えてきたのか、それとも本心か。クリスの説教が効果抜群だったのか。思わず考え込む。どちらにせよ返事をしなくてはならない。

「返事が遅くなってごめんなさい。」

そこまで打って続かない。「謝ってくれなくていい」も変だし、「私もしゃべれないのつらい」も妙だ。

「また明日から頑張ろうね。皆が頑張っているのを支えていける事が私には大切です。1日でも長く皆と一緒にグランドにいたい。」

伝わるだろうか。ドキドキしながら返信すると、割とすぐに返事があった。

「有難う。返事がくるまで生きた心地がしなかった。また明日な。」

またもあっさりした返事だった。不審に感じていたら、今度は真田からラインだ。

「今日は本当、楽しかった。手繋げたのが1番テンション上がったかな。家に帰ったら連絡くれると嬉しい。」

さらにクリスからもラインだ。

「家に帰るまでが遠足だ。例え乗り慣れたバスの中でも気を抜くな。明日は試合だろ。早く寝るように。」

こっちは本当に見ているのではないか、抜群のタイミングだ。内容は先生か、お母さんか、といったところだ。思わず微笑む。

「クリス先輩、お暇でしたら応援に来て下さい。チームも監督も喜ぶと思います。○○高校、午前10時です。」

何だか気が軽くなった気がする。真田と出掛けた事で気が晴れたのかもしれない。楽しい時間だった。真田も同じ高校生で、野球少年で。

悩みも苦しみもあって、それから逃れようとする時もある事を知った。帰宅し、真田に連絡をする。すると着信があった。

「真田さん?」

「メッセージ見たら声聞きたくなった。いきなり悪かったかな。」

「いいえ、そんな事はありません。今日は本当に楽しかったです。有難うございました。」

心底そう思ったので、素直に答えた。すると真田は真面目な声で

「甲子園も君の事も諦める気ないし、誰にも譲る気もない。覚えてて、本気だから。」

と静かに言った。心に沁み渡るような感覚があった。あぁ、この人は本当に真面目で真剣な人なんだと思った。

「分かってます。・・・中途半端には思っていません。」

「そっか。有難う。・・・じゃあ、お休み。また連絡するね。」

お休みなさいと応えて電話を切る。中途半端にはしない。野球だ。野球を一生懸命にしたら、その先に正しい答えがあるように思えた。

情熱は誰にも止められないのだ。もしかしたら自分自身だって止められないかもしれないのだ。

机の上にある途中の分析ノート、先輩から譲り受けた古いスコアノート。手を置くとグランド喧騒が聞こえてくるようだ。

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