あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

土曜日、天気は快晴だった。少し早く到着するだろうか、と思いながらA駅前に到着した。10分前だが、すでに真田がいるのが分かった。

ちらちらと女の子の視線がある1方向に動いているのが分かる。その視線をたどるとその先に壁に寄り掛かった真田がいた。

制服やユニフォームと違って、少し大人びた様子だ。一瞬、足が止まってしまったが、ふと顔を上げた真田と目が合った。

「お、早いね。おはよう!」

「おはようございます。お待たせしましたか?」

「いや、俺が勝手に早く来ただけだし。俺を探す姿を見たかったんだけど。っていうか、私服、超可愛いね。」

覗きこまれるように視線を合わされると、にかっと笑う姿が高校生らしく、また印象が変わって驚いてしまう。

びっくりして何も言えずにいると、「こんな可愛い姿独り占めできるなんてラッキー」と周りも見ずに真田は喜んでいる。

「あの、可愛いとか。やめて下さい。・・・困ります。」

「何で?本当に可愛いから言ってんのに。頑張ったかいがあるってもんだ。今日は1日、俺に付き合ってね。」

頑張ったという言葉が引っ掛かった。ここは素直に「頑張った?」と聞いてみる。

「ん?あぁ、紅白戦で9回全部投げたんだよ。監督が9回出来たら休みにしてやるよ!って言ったから。」

(足、完治してるんだろうか)思わぬ重大情報を真田はさらっと口にした。一瞬、微妙な顔をしたのを真田は見逃さない。

「でも、投げたらヘロヘロで。でも愛の力!偉大だよね、愛の力って。・・・気になる?俺の足。」

からから笑いながら、えぐるように核心をついてくる。まるで真田の投球内容のようだ。勝負球が急に飛んでくる。身体にぶつけられそうだ。

「どこまで治ってるのか。先発できるのか、どのくらい投げられるのか。球種は増えてるのか。その辺り?」

「・・・。まさに試合中と同じで真っ向、直球勝負なんですね。」

結構、君の事マジだからな~、と言いながら

「君が君の事、教えてくれたら、追々ね。・・・教えてもいいな、って程の事、俺に見せてくれたらね。」

今日はそんな事忘れて、楽しくデートしようよ、と真田は笑った。いきなりどうこうなるわけでもなし、と全く悪びれない。

豪快で真っ直ぐで、情熱的な男だ。

「ところで今日はどこに行くんですか?」

駅構内に行く真田について行く、真田は電車を指さしながら「美術館」と意外な単語を口にした。てっきり映画か買い物かと思っていた。

滑り込むように入ってきた電車に「どうぞ」と言われ、先に乗り、後ろから乗り込んでくる真田を見る。

「好きな絵が来てるんだよね。そこ庭も綺麗だし。今日、天気が良くてよかったよ。ランチは何がいい?」

まさか絵を見に行くなんて思いもしなかった。車内は土曜日だからかやや混んでいて座る場所はなかった。ドアの近くで2人並んで立つ。

だが近くに持つ場所も見当たらなくて、少し顔を動かすと、小さな声で「俺の腕掴んでな。危ないから。」と言われた。

よろけないように身体を守るように立っている真田の腕に、遠慮がちに触れる。がっちりとした逞しい筋肉質のバランスのいい腕だ。

近くに寄ると爽やかな香りがして、少し顔を上げると真っ直ぐに外を向いている。

「この坂の先に小さいけど、美術館があって・・・。」

歩く速さは合わせてくれている。とことこと横を歩きながら、小学校の校庭でやっているリトルリーグなどを見ながら進む。

野球を見るともちろん野球の話になるが、嬉しそうに楽しそうに、小学生を見つめる姿は野球少年そのものだ。

入館して、どんな絵なのだろうか、と思うと、風景画だった。どこかヨーロッパの風景で、山や村、海の風景だ。

「じじぃかって言われるんだけど。俺、年取ったらこういうとこに住みたいんだよね。東京生まれ東京育ちでさ。」

田舎暮らしに憧れてんだ、と付け加える。

「分かります。私も祖父母の代から東京だから、田舎って憧れます。海や川で泳いだりするの、羨ましい。」

「そうそう。合宿で田舎行っても練習ばっかりで自然堪能できねぇし。もっと健康的な日焼けをしたい。」

あまり人のいない館内で少し小さな声で寄り添うように話をしたり、離れて好きな絵を見たり、不思議な時間だ。

1枚の大きな絵の前で立ち止まって、理由もなく惹かれてしまって、じっと見入る。吸い込まれそうだ。風の音まで聞こえてきそうな感覚。

視線を感じて、横を見ると真田が穏やかな笑みを浮かべて、こちらを見ていた。

「?」

「いや、綺麗な横顔だなと思って。君の事、初めて見た時も横顔だった。すげぇ綺麗な子だな、と思ったよ。」

直球で言われると頬の温度が上がるのを感じる。ふいと下を向くと

「そんなに頬を赤くされると、こっちまで恥ずかしくなるよ。でも丁度、陽が差し込んで君の周りがキラキラしてる。」

試合中には見せない顔だ。歯を食いしばり、闘志むき出しで挑んでくる、威圧感のある真田の姿はなかった。

この穏やかな彼の中のどこに、あの闘志があるのか。あの勝利への欲望にも似た思いは、どこに潜んでいるのか。好奇心が湧くのが分かった。

自分のチームでは普段の行動や趣味なんかが分かるので、何となく表情やその日の調子などが分かるが、他チームはそういう情報はない。

クリスに「人を知れ」と言われた意味を今さらながらに知る。試合だけを見ても分からないものだ。

「丁度、昼だな。ここでいいなら庭見ながら、飯食わない?トマトのパスタがうまいんだよ。」

指さす方には温室のようなガラスの壁が見える。併設されたレストランだろう。そこの方が陽の光にキラキラして見える。

庭が見える方に座らせて貰って、可憐な花が咲くのを見ながら、絵の話をする。楽しい時間だ。

真田は野球をずっとしてきたらしいが、話の内容が文系だ。小説や音楽、植物にもそれなりに詳しい。

「・・・私、実は偵察禁止令が出てて・・・。偵察しに外へ行けないの。」

真っ赤なオレンジジュースが饗されて、真田の前にはコーヒーが置かれる。その言葉に真田は不愉快そうな表情を浮かべる。

「何で?」

「何で、だろう。分からない。・・・悪い事したつもりはないんだけど、あの、キャプテンに・・・。」

「御幸か。」

そこまで言って、言っても仕方のない事だし、何より何故言ってしまったのか、と後悔した。真田に全くは関係ない。

真田はコーヒーを飲んだ。ふぅと息を吐いて

「俺のせい?」

弾かれるように顔を上げた。目が合って、本当に困ったような、それでいて、いたずらっ子のような、そんな表情の真田がいた。

そっちのドルチェもうまそう、頂戴、と言うので、半分とって移動させようとしたら、そうじゃない、こっち、と言って口を開けている。

導かれるように、その口にチョコレートのケーキをそっと入れる。不思議な人だ。こんな事、誰にもした事ない。

「俺とのデートは御幸キャプテンのお許しが出たんだ?」

「ううん。これは私が勝手に判断して、出て来ました。・・・偵察じゃないならいいかな、と思って。」

意外な言葉だったのか、困ったような表情を浮かべて、真田は顔の半分をその大きな手で覆っている。

「あの、真田さん?」

「いや、あ、ごめん。それってすげぇ殺し文句だよね。」

「え!?いや、あの、そういう意味じゃ・・・。」

「いやいや。脈ありなんだなぁ。そっか~、何か自信持ってきたわ、俺。なるほど、普段と感じが違うのはそのせいか。」

うんうん、としたり顔で頷きながら腕時計を見る。「お。こんな時間だ。ちょっと歩こうか?」と言いながら注文票を取る。

「あ、あの。ここは私に払わせて下さい。入館料も貰ってくれてないし。」

慌てて立ち上がるが、「い~のい~の。」と言って取り合わない。「ここで払って貰ったら恰好悪いじゃん、俺」と言う。

でもでも、と後を付いて行くが、レジの所でくるっとこっちを向いた真田は、ぽんと頭の上に手を置いて

「次のデートではごちそうになるからさ。今日は俺に払わせて。恰好良いとこ見せたいからさ。」

本当に穏やかに、優しく言った。そこまで言われたら引きさがるしかない。外で待ってて、と言われて仕方なく外のベンチに座って真田を待つ。

その時、メッセージの着信を知らせるバイブに気付いた。クリスかと思って見ると御幸だ。珍しい。プライベートな時間にこんな事はない。

ひたすら嫌な予感がした。見るのが嫌だ、と思って画面を凝視していると、真田が外へ出て来た。その顔を見ただけで思わず苦笑だ。

「お、姫が不機嫌そうな顔をしている。もしかして御幸?何だ、あいつどっかで見てんのか?」

「いいです。見ません。」

鞄の中にメッセージを見ないまま端末を仕舞い込む。題名がないまま送信してきているので中身を分からないが、どうせ嫌な事に違いない。

あの夜の土手での出来事以来、本当に事務的な会話しかしていない。自分に対して遠慮しないと言った御幸が何もしてこないのは不気味だ。

真田と出掛けている事を知っているはずはないので、この件ではないはずだ。立ち上がって、真田に頭を下げる。

「すみません、つい見てしまって。失礼しました。あの、御馳走様でした。次は私に絶対に払わせて下さい。」

「それって次のデートの約束って思っていいの?」

次のデートの約束、その言葉の魅惑的な響きに思わずたじろんでしまうが、単純に「また会いたい」と思ってしまった。

「私でよければ。」

「あはは。覚えてる?俺、君の事、本気だって言ったの。よければ、っていうレベルじゃなくて、君じゃないと意味ないよ。」

美術館の先には昔、皇族の庭園の跡が公園になっている場所がある、と真田は言いながら、来た時と同じようにゆっくりと歩く。

真田は本当にグランドにいる時は別人のように穏やかだった。この穏やかさが試合に逆の方向に向くのではないか、そう思う。

動きがある日々と、動きのない日々をバランスよく過ごす事によって、試合に完成状態を持ってこられるのだ。

自分を意識的にコントロールしている。

「・・・。何考えてるか、聞いていい?」

「本当に試合中とは別人なんだな、と思って。バランスを考えているんですか?」

「俺、そんなに違う?そういやぁ、監督にも言われた事あるな。」

池の横にあるベンチに座るように促され、座る。真田は飲み物買ってくるね、と少し離れて、温かい紅茶を買ってきた。

横に座ると、池の表面を見つめながら

「バランスを考えてるわけじゃないけど。・・・何かどこかで息抜かないと、苦しい。」

「苦しい・・・。」

御幸もこの「苦しさ」を感じているのだろうか。新チームになった時、進級前、2年生の時、渡辺の件で揉めた。

キャプテンとしての御幸、というものを御幸自身も模索しているようで、一時期、それがあまりにも痛々しくて胸を痛めた。

チームの大切な物を背負う者には避けられない宿命なのだろうか。思わず前を向いている真田を見た。

真田はその視線に気が付き、こちらを向いて、にかっと笑った。

「バランス考えて、野球もするけど恋人がいてさ、色々と充実させたいんだよ。男の子なら誰もそう。」

「今日は・・・。」

「ん?」

「今日は・・・、息抜きになりましたか?」

視線を反らす事ができなかった。じっと真田を見つめるしかできなかったし、思わず聞いてしまった。

クリスに心配され、渡辺に気遣われ、何よりチームの柱である御幸の心を乱した自分を、今1番嫌いだった。役に立とうと必死だったのに。

何故か役に立つどころか、最悪な現実を引き寄せた。この夏までしか自分はいられないのに。あと半年も残っていないのに。

どうしてこうなってしまったのか、そう思った時、真田の顔が歪んだ。

「・・・っ、。」

涙だと思った時にはもう遅かった。溢れた涙は止められない。こんなの迷惑だと思って、思わず顔を背けようとした時

「抱き締めたいんだけど、いい?っていうか、抱き締めるよ?」

ゆっくりと腕を伸ばされ、真田の胸に顔を引き寄せられる。「シャツが濡れます!」と言うと「ハンカチ持ってないんだ」と言われた。

背中にゆっくりと手を回され、穏やかなリズムで「よしよし」と言いながら「思ってる事、言ってごらん?誰にも言わないから」と囁かれた。

首を横に振るしかなかった。ライバル校のエースにチームの愚痴など言えない。

「俺には言えないか。ま、言えないわな。・・・チームの事をしゃべるのは最高の裏切り行為だ。」

「ごめんなさい、あの、離して下さい。」

「ごめん、もうちょっと。」

後頭部に手を回されて、真田の身体に押し付けられると、鼓動が聞こえた。初めからそうだったのだ。真田があまりにもリラックスして

穏やかで、優しくて。でも肝心な事は言わない。その張りつめた様子が御幸たちと重なったし、いつ切れてもおかしくない綱の上のようだった。

残された時間が少ない、甲子園への枠は1つしかない。負けたら、そこで終わり。スポーツは結果が全てだ。

こんなにも自分自身も追いつめられているとは思わなかった。焦った。置いて行かれるのではなないか、と焦った。


お前は女だ。注意しろ。

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