あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

「・・・んだよ。」

声色はあまりに静かで悲しいのか、と勘違いする程だった。

「なんだよ、それ。」

「・・・事実よ。」

ようやく上げた御幸の顔は案の定、怒っていた。あの強い瞳で睨まれると心臓を握りつぶされたような感覚を得る。

「クリス先輩と約束したじゃないか。」

「・・・申し訳ないけど、私は守る気はなかった。逆にそれを生かすしかないだろうな、って思ってた。」

何年も黙って、心の内におさめていた事を口にすると何だかとても清々しい気持ちさえした。こうなると止められない。

「別に何かを犠牲にしているわけじゃないし。本気で好きな人なんていないから、そういった意味では問題ない。」

「俺はっ!・・・俺は本気でお前の事、好きだ。」

こんな事を御幸に言わせるつもりはなかった。零れてしまうような告白だった。

「知ってた。私が1番仲良くしちゃいけないのは、御幸君よ。貴方はチームそのものだもの。」

向けられる好意は心地よい時もあったが、御幸を中心にチームがまとまる時、その御幸の感情はとても苦しいものになった。

御幸に手を離して欲しかった。もうこれ以上一緒にいると、もっとひどい事を言われそうだし、言いそうだった。

「・・・俺の気持ち知ってて、それかよ。」

「だから言ったでしょ?私、嫌な奴なんだって。」

「俺は嫌な女を好きになったてワケか。」

そんなの知らない、顔を上げて御幸を正面から見た。大きく息を吸って、唇が少し噛んで、息を吐いた。心臓がどきどきする。

「・・・私は私の仕事をする。・・・チームに迷惑はかけない。だから、御幸君も・・・。」

「迷惑か。何が迷惑なんだよ。・・・俺の気持ちが迷惑なんだろ?」

悲しそうな、自分を馬鹿にするような、沢村をからかう時のような、そんな声色だった。

その時、なぜか優しい声色で自分の歩幅に合わせてゆっくり横を歩いていた真田の笑い声が思い出された。

御幸はモテるが、特定の人を作らない。本当は騒いでいる女子たちも御幸とどうこうなろうと思わずに騒いでいるだけかもしれない。

真田もきっとモテるだろうが、彼は恋人を作り、1人と気持ちを共有する事ができるのだろう。御幸とは違う。

「そんな言い方やめて。今まで通り、部員として、キャプテンとして、マネージャーとして。それでいいじゃない。」

少なくとも、気持ちに気が付かないようにしていた今までは「普通」でいられた。

「・・・。」

無言のままの御幸の視線だけは感じられた。

「今までのままで、だったら、何も変わらないでしょ?」

御幸の手はもう腕から離れていた。掴まれた箇所が握りつぶされたような感覚がした。

「・・・おやすみ、御幸君。また明日ね。」

何とかそこまで言うと、何も言わない御幸を残して家に帰ろうとした。その背中に御幸は言った。

「今まで通りなんてできるわけねぇだろ。・・・お前は男と付き合う気があんだろ?」

足が止まった。

「ねぇのかと思ってた。だったら困るだろうって思ってた。でも、違ったんだな。」

背中に御幸の言葉が突き刺さる。

「・・・お前が自分の事、嫌な奴だって言うんなら、俺も嫌な奴になって、お前に対して遠慮しねぇ。」


随分とひどい事を言ったもんだ、と御幸は帰りながら思っていた。告白したあとのあいつの顔、絶望にも近い顔だった。

最後は背中しか見えなかったが、きっと、もっと凄い顔をしていたに違いない。

無表情に近くて、冷静に正論を言って、礼ちゃんみたいにスカウティングも出来るようになんじゃねぇの?なんて

そんな話をして笑っていたのに、男なんてものに興味がなくて、悪く言うと俺達のことを「商品」ぐらいに見てるはずだったのに。

1人の特定の男と連絡を取り合うなんて、考えただけで一瞬で不愉快の極限まで到達した。

しかも、それが薬師のエース・真田俊平。明らかに自分とは違う、優男。タイプの方向性が真逆だ。あいつは手に負えない。

あいつは正直、敵に回したくない。強気で押してくる真田と、2年も想いを隠していた自分とでは、全く違う。

「・・・。」

振り返って、もう遠くなって決して見えないだろう、小さな背中を暗闇の中で探した。


「昨日はご苦労だったな。」

翌朝、監督に声を掛けられ、ドリンクの準備をしていた手を止めた。

「主力は残念ながら出ませんでした。でも負け試合というのはなかなか見られるものでありません。」

そうだな、と相槌を打っている。連携ミスやサインミスもちらほらという感じです、と付け加えた。

「真田の足の様子はどうだった?そこにはいたんだろ?」

近くで監督との会話を聞いていた御幸は、ごく自然にその輪に入ってきた。

「少し話はしたけど。下半身を強化してるなっていう印象はあった。以前よりがっちりしてる印象。」

意地の悪い奴ね、と思いつつ、普段通りに話をする。コーチの「ま、当然だな」という言葉を聞きながら

軽く頭だけを下げて、その場を去る。監督とコーチは戦略の話でもするのか、話題は当然、薬師のエース、真田の事だ。

バナナの入った箱を持ちながら歩いていると、その箱の片方を渡辺が持った。

「!、渡辺君。」

「御幸はご機嫌斜めだよ。言っちゃったんだね。」

「どうせ耳に入るだろうって思ったから。渡辺君にも酷い事言った?」

「も、と言うと。」

「私は昨日、結構酷い事言われた。」

少しため息交じりに言うと、渡辺は困ったように笑みを浮かべた。

「御幸が今度からナベが付いて行けって言ってたよ。俺は彼女は1人で偵察に行くタイプだよ、って言ったら。」

肩をすくめながら、御幸の様子を思い出したのか、今度はおかしそうに笑いながら

「タイプとか関係ねぇ!とにかく1人は禁止!って。」

あれじゃあ、鈍い沢村にもバレバレだ、と付け加えた。容易に想像がつく。食堂はさぞ面白い事になっただろう。

最悪だ。御幸の想い人である事なんて、何にもならない。特に今はマイナス要因にしかならない。

こんな噂が真田の耳に入ると、多分、連絡は疎遠になるに違いない。個人情報を無駄に教えてしまっただけだ。

「まぁ、タイプはともかく。」

長机の上に箱を置き、脇に抱えていた資料を取り出しながら

「偵察はしばらくなしにして、大人しくしておいた方がいい。それに分析が追い付かないんだ。手伝って。」

外出禁止にはぴったりな理由で、渡辺は「1人偵察禁止令」を出した。「長くじゃないよ」と少し笑って、肩にポンと触れた。

その瞬間、渡辺はあまりにも細い肩に内心驚いた。仕事ぶりが凄くても、やっぱり女の子なんだなぁ、と思うと

御幸達が心配するのも無理はない、と得心した。放課後、マネの仕事をそこそこに食堂でVTRを見ながら他校の分析だ。

手分けしてしないといけないので、1人で稲実の分析だ。渡辺が薬師をやるために図書室のオーディオ室を借りている。

何度も映像を止めながらメモを取る。真田からは連絡があり、「次の部活の休みっていつ?」という内容だった。

「合わないんじゃないですか?」と返すと、「分かんねぇよ?ね、教えて。監督に交渉する!デートしたいし」と戻ってきた。

「今月は次の土曜日です」と打つと、「土曜日ね!よっし、俺頑張るわ!」それっきり返事はない。

「・・・熱心だな。あまり根詰めるなよ。」

ことんというペットボトルが机の上に置かれる音と同時に穏やかで優しい声がした。見なくても分かる。

「クリス先輩・・・。」

思わず顔を上げた。クリスは穏やかな笑みを浮かべて、「どうした、そんな顔をして」とゆっくりといつの間にか流れていた涙を拭った。

頬にゆっくりと触れて、近くの椅子に座った。顔を見られたくなくて、思わず下を向いた。下を向くと涙が膝に零れる。

泣くのは卑怯だ。手でその涙を拭う。涙を止めて、顔を上げてクリスを見た。

「俺との約束を守らなかったから、おしおきされてるんだってな。」

「そんな事!」

「薬師の真田。」

肩が動く。その様子を面白そうにクリスは見つめる。

「御幸がヤキモチやいて、お姫様を高い塔に閉じ込めた、渡辺のメールはなかなか趣深い。」

端末の画面に触れながら、渡辺からのメッセージの内容に触れた。「渡辺は心配しているんだな」と呟いた。

大学の帰りなのか、私服姿は何度も見た事があったが、大学生になった姿を知らなかったので、何だか知らない人のように思えた。

大きめの紺色のトートバッグがクリスに良く似合っていて、そこから少し覗く教科書とは明らかに違う専門書がいかにも大学っぽい。

「すみません。クリス先輩にまでご迷惑おかけして。」

「いや、迷惑じゃないよ。あぁは言ったが、お前の事だ。そう簡単に言う事は聞かないんだろうな、と思っていた。」

手を組んで、声が聞こえるグランドの方を見る。御幸の激を飛ばす声が聞こえてくる。いつもより高ぶって聞こえるのは気のせいか。

ペンを動かす手を止めて、クリスを見た。こちらが何かを言うまでクリスは何も言わない。いつもの事だ。

「どうしてそう思っていたんですか?」

「思いつめたような、そんな表情をしていた。そのひたむきさが偵察に向いていると思ったし、何より。」

少し間を置いて

「お前に何かあっても御幸が守ると思ったからな。」

その言葉に思わず溜息が零れた。クリスは初めから分かっていたのだ。御幸の恋心を。だから何か起こっても御幸が守ると踏んでいた。

そう言いながらクリスは笑った。「ま、こんなに嫉妬深いとは思わなかった。計算外だ。」と小さく呟いた。

「・・・御幸君は嫌な奴になるそうです。私に対して遠慮はしないそうです。」

「それは怖いな。今が嫌な奴じゃなくて、遠慮していないのなら、これから先どうなるんだろうな、あいつは。」

「本当ですね。」

いつ気が付いただろうか。御幸が自分に好意を持っていると。もしかしたら、もうずっと前だったのかもしれない。偵察と分析が面白くて、

チームに役に立つのが嬉しくて、御幸の気持ちはいつも別次元だった。別に何もしなくても、御幸とはパートナーのような関係を保てていた。

御幸もそれで満足しているのではないか、と思っていた時期もあった。こんな関係だって尊いに違いない、と思っていた。

「何にせよ。」

クリスは言った。

「お前が決める事だ。御幸の気持ちを受け入れるのか、別の道を選ぶのか。」

つまり真田の気持ちを受け入れるのか、クリスの言葉が良く分からなかった。

「真田さんの事は別に・・・。」

「なら御幸の気持ちを受け入れればいい。御幸は何だかんだ言っても良い男だ。お前の邪魔をするような男じゃない。」


真田の事を「単なる偵察相手」と見ているのなら、御幸の事とは別問題だろう?

御幸を信頼しているし、嫌いじゃないだろう?

お互い高め合っていける、良いパートナーになれるだろう。

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