あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

駅までの道を真田と一緒に歩く。野球の話題は避けているが、お互い探り合っているのは感じている。

真田も分かっているのではないか、そう考えると、鞄から端末を取り出した。

「お、交換してくれる気になった?」

「私が青道の偵察係だって分かって言ってるんでしょうし。真田さんにもメリットないわけではないですし。」

すぐに交換して、構内に入って、改札で立ち止まって、真田を見上げた。

「送って頂いて有難うございます。また試合でお会いしましょう。」

失礼します、と頭を下げると、真田の手は自然と流れるような黒髪にそっと触れた。これには驚いて、思わず目を見張った。

その瞬間には手は離され、降参するように真田は手を上げて笑っていた。

「お?動揺した?…信じるか、どうか分かんねぇけど。野球と君とは全く別問題だよ。」

「…失礼します。」

「既読スルーだけはやめてね。俺、傷ついちゃうからさ。」

真田の至極明るい声は背中越しに聞こえた。車内で渡辺に「今から戻るね」とラインを送ると既読がすぐ付き「気を付けて」とあった。

するとすぐに新しいメッセージだ。真田だ。

「今度はいつ会えるのかな?」

どんな顔をして打っているのか分かるような文章だ。

「いつでしょうね。それは私にも分かりません。」

このメッセージに既読はついたが返事はなかった。その様子も想像がつくようだった。きっと笑っているに違いない。

学校に戻って、資料をコピーして渡辺に渡す。「ご苦労様」と労わりの言葉を言い、中身を軽く確認する。

目を通しながら「これで薬師の控えを解剖しよう」という渡辺に

「薬師のエースとライン、交換した。」

と簡単に告げると、渡辺は驚いたのか顔を勢いよく上げて、こっちを見た。

「エースって、もしかしなくても真田?」

「ダメだったかなぁ。」

「いや、ダメっていうか。御幸はいいって言ったの?」

御幸君は関係ないでしょ?という表情を浮かべると、渡辺は苦笑いだ。「クリス先輩も仲良くしちゃダメって」とさらに呟く。

「…私、皆の役に立ちたいの。仲良くするんじゃないの。…私にしかできないことってあるって思ってる。」

「俺はお前を信じてるけど。…分かった。報告事項として認識しておく。」

ありがと、と小さくお礼を言うと、食堂を出て帰途につく。寮の近くの土手を通って、自宅まで15分程の道のりだ。

すっかり日も暮れて土手に上ると、見知った姿を見つける。

「遅かったな。」

眼鏡を取って、首に巻いたタオルで汗を拭う。裸眼ではなく、瞳の前に壁があるような印象が眼鏡姿の御幸にはある。

「そっちこそ、早くお風呂に入りなさいよ。お湯、抜かれちゃうわよ。」

お母さんか!と軽く突っ込みながら、にかっと笑って、バットを肩に軽く置いて、こっちを見据える。

キャプテンになってから、こういう感じの時は特に威厳を感じるようになった。主将として良い事だとは思うが、

引退した3年がいた頃とは少し違って、窮屈そうに見える時もある。

「薬師はどうだった?真田は投げた?」

「投げてない。今日は主力は休み。知ってたけど、本当に誰も出なかった。」

思いのほか「真田」という単語に反応せずに普通に話せたので、安心した。

「轟君でも出てくるかな、と思ったんだけど。残念。コピーは渡辺君に渡してる。分析はまた後日。」

見たければ見て、と付け加えて、軽く手だけ振って帰ろうとすると、御幸は後ろをついて来る。

不審そうに振り返ると、「不審者見る目、やめろ」と苦笑いだ。「じゃあ何?」という風に見ると、「送る」と簡単に答えた。

「お断り」という表情を浮かべると、御幸はさらに「じゃ、コンビニ行く」とだけ答えた。コンビニまでなら10分程だ。

土手道を特に何を話すという訳でもなく歩くが、ふいに御幸が

「…やっぱり1人で偵察に行くのは…感心しない。」

と呟くように言った。さらに「初めから乗り気の話じゃなかったんだ」と2年も前の話を持ち出す。聞き飽きた話だ。

「女だということをいつも忘れるな。油断するな。…クリス先輩の教えは沢村君並みに守っています。」

聡い御幸の事だ。何か感じ取ったのではないか、と心の中で思いながら、努めて普通通りに答える。

髪の毛を耳にかけながら、御幸をわざと見つめる。こういう時、視線を逸らしたりするのはよくない結果を招く。

「何にも危ないことなんてないわよ。心配し過ぎだと思うよ。」

そんな時、ラインのメッセージ着信の音が軽やかに鳴った。御幸は何も言わないが「見ろよ」と視線が語っている。

しかし見る必要はないと直感していた。きっと真田だ。どこかで見ているのか。そう思える程、見透かされているような気さえする。

ここで御幸の言葉に従って見てしまうと、さすがにちょっと危険だ。

「見ないのか?」

「うん、多分、クラスの子。」

部屋でゆっくり返事する、と付け足すと、御幸は納得していない表情をした。

「割りとすぐに返事してくるお前が、部屋でゆっくり、ね。後で返事する、だってすぐに返信するのにな。」

「今、御幸君がいるからね。」

「へぇ、随分、俺に敬意を表すんだな。意外~。」

するとさらに着信の知らせが続く。こうなってくると絶対に真田だと思った。ここで無理して御幸の言う事を無視すると

何だか面倒な事になりそうだ。「じゃあ、ちょっと…」と言いながらラインを開く。やはりそこには「真田俊平」の文字があった。

「家に戻った?俺、結構心配してんだけど。」

「もしかして1人じゃねぇよね?誰かに送って貰ってるの?」

思わずちらっと御幸を見てしまった。そのちょっとした動揺を御幸が見逃すはずがない。御幸は小さく舌打ちするとくるっと向きを変えた。

「じゃあな。」

後ろ手で手を振って、コンビニに行くまでもなく、寮に戻って行く。機嫌が悪そうな背中だ。これはラインの相手が「男」だと

分かったジェスチャーだ。本当に御幸は聡い。

ああやって分かるように嫉妬されるとさすがに御幸が自分に対して特別な感情を持っていると分かってしまう。


「仲良くするな」は他の誰でもなく、御幸一也の事だと認識している。

青道の精神的柱、御幸一也を独占してはならない。御幸一也の心に入り込んではならない。

入るはずはない。入ってこようとするのは御幸の方だ。


「家に戻って部屋にいます。ご心配お掛けします。有難う。」

味気ない返事になったので、迷った挙句に最後に謝辞を打った。すぐに既読がついて返事がくる。

「だったらいいんだ。今日はお疲れ。連絡先教えてくれて有難う。じゃ、おやすみ。」

遠くなる御幸の背中を見ると、機嫌の悪さがまだ続いているようだ。

声を大きくすると多分聞こえる距離だが、あんなに不機嫌な背中を見せられると、その気も失せる。

少しうんざりした気分になりながら、仕方なく家路につく事にする。不機嫌な御幸には近寄らないのが「吉」だ。

こつこつ、とローファーがコンクリートを叩く音がする。すると後ろから明らかに走って近づいてくる音。

すぐ背後に音が近づいた時、ぐっと腕を掴まれる。普通はここで大声だが、この走り方はよく知ったリズムだ。

そして、この大きな手。これもよく見る、以前から知っている手だ。振り返り「御幸君」と声を掛けると

「さっきの、男だろ?・・・誰?俺の知ってる奴?」

どうせ報告事項として渡辺から御幸の耳に入るのだから、今自分から報告したって同じだ。

「薬師の真田さん。」

「は?真田って、あの、薬師の投手の?あの、真田?」

「私の知ってる薬師の真田さんなんて、薬師のエースの真田さんしかいないでしょ?」

腕を掴んだまま御幸は息を弾ませている。額にはうっすらと汗も浮かんでいる。掴んだ手に力が入る。

「真田が何でお前にラインすんだよ!」

「私が好みのタイプなんだって。だから、連絡先を交換したの。」

掴んだ手に汗が滲んでいるのが分かった。怒っているのだろうが、冷静になろうとしているのだろう。御幸は息を大きく吐いた。

少し下を向いているので表情までは分からない。

「真田さんってメンタル強そうだし、何か弱いところでもあるのかな?って。打たれた後の姿勢が凄いでしょ?好奇心。」

達者な交渉術で丸め込まれる前に、あっさりと真相を告げる方がいい。

そして非難される前に、

「私ってこういう嫌な奴だから、御幸君は心配しなくても、何もないよ。偵察の延長。」

話しを終りにしようと結論を急ぐ。嫌な奴なのは本当だ。こんな嫌な奴、誰も本気で好きになったりはしない。


そう、御幸一也もそう思うはずだ。

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