水月佳人 -緋色恋枷-

第十話 月見酒と肴話

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「いつだったか、ちびっちゃい余は兄上に勉強を教えてもらっている最中にウトウトしてしまったことがあってな…目が覚めたらすぐそばで清苑兄上も頬杖をついて御眠りになっていたのだ。本当に綺麗な寝顔でな…白い額とか、通った鼻筋とか、伏せた睫毛が頬に影を落としていて、子ども心にドキドキしたのだ」



懐かしそうに空をあおぐ劉輝の隣。

静かに瞼を伏せた。


確かに綺麗な顔立ちをしていた。それは間違いなく自分の記憶でもそう印象付けられている。

まあ、彼等の云う姿とは大分変わっていただろうが……自分が知る件の彼は色々とボロボロであった。


あの顔故に瞑祥から陰湿かつ執念深い恥辱を受け続け、人並み以上に高かったであろう矜持…公子として育ったそれがなければ、きっと彼はあの場所で壊れてしまっていただろう。



あの綺麗な顔に笑顔が灯ることは一度もなかった。




黙り込んでしまった霓姫を劉輝がその瞳に映したのはたまたまだった。そう、何となく視線が彼女へと向いた………そして、瞠目する。



月明かりに照らされた彼女の横顔。

陶器のように滑らかで透き通るような白い肌。いつも強い眼差しの紫黒の瞳は今は瞼に隠されている。長い睫毛は頬に影を作る。

これほどまでによく見たことはなかったが、彼女の美しさは女性的でも男性的でもない、性別すら凌駕しているようだ。

そして、何故だか幼心にも残る兄の寝顔と重なって感じられた。



動きを失う劉輝に何事かと双花も視線を焚べる。そして、同じく動きを失った。

スッと紫黒が顔を覗かせる。慌てて視線を反らした劉輝と楸瑛。

ただ一人取り残された絳攸は今更反らすこともできず、そのまま見据えた。

不思議そうに首を傾げる霓姫の嫌悪の色はない。



「…どうした?」


「……本当に酔ってしまったようです……」



憂いを漂わせる瞳は、‘彼’のことを思い出していると物語っているようだった。ただその綺麗すぎる横顔を見ることしかできない絳攸の頭には燕青の言葉が頭をよぎる。



『なるべく、昔のことは思い出させないでくれ。特に弱っているときは』



しかし、彼女の思考を止める術を持たない絳攸はただ見守ることしか出来なかった。




「そ、それで、どうしたんですか?」



言葉をつまらせた絳攸に助け船を出す藍の男は、明らかに馬鹿発言が予期される問いを紡いだ。


「兄上の頬杖をついているのとは反対側の腕が机に投げ出されていたので余はじっくり観察することにしたのだ。

その手がいつも余を守ってつれていると思ったらなんだか一番大好きなところに思えてな…

それで、その手を持って指先にちゅーっとしてしまったのだ。」



既に無言の霓姫に溜息の漏れる絳攸。話を勧めた楸瑛ですら失笑しているが、馬鹿発言に火の点いた劉輝は気に止めることもなく続ける。


最早、誰もその先の話に興味を示してすらいないのに。



「そしたら、その指が動いて余の頭を撫でて抱き上げてくれたのだ。

嬉しくて、兄上の頬や額にたくさんちゅーっとしたのだ。つまり余のはじめての接吻の相手が兄上なのだ。そこらの女性より綺麗な兄上を見慣れていたから、余は男相手でも抵抗がなくなったのだな」



「アホか…」



皆の心を口にした絳攸の隣、まるで氷のような冷ややかな笑みを浮かべた霓姫は、愚か過ぎる昏王にこれまた凍てつくような眼差しを向けた。



「劉輝様」


「どうしたのだ、霓姫?」


「……一発殴ってもいいですか?」



「え゛っ!?」



口許に浮かべられる笑み。

だが、その目は全く笑っていない。まさに人を射殺さんばかりの目……本気の目だ。

脱兎の如く楸瑛の後ろに逃れるが、彼も容赦がなかった。静かに彼を元の席に戻らせたのだ。


この娘はこの場の誰よりも自分を嫌っている。この昏王が自分を巻き込めば間違いなく自分共々片付けられる……容赦なく。



「しゅ、楸瑛っ!?裏切り者っ!!」



「人聞きが悪いですね。私は無関係ですら」



バッサリと臣下に見捨てられ半泣き状態の劉輝を目にすれば毒気も抜かれる。っと云うよりも、腹をたてているのが馬鹿らしく思えたのだ。

未だに頭にあの男のことがあると云うこと自体不快でならない。



「彼は君に何かしたのかな?」



バッサリ己が主を見捨てたくせに援護射撃を打ちこむ。

霓姫が視線を向ければ、茶化す様子はない真面目な眼差しとぶつかった。珍しく視線を泳がせてしまったために恐らくもう何を繕っても無駄である。



「貴方にそう見えるのならそうなのでしょう」




頭には‘やはり’という言葉がよぎる。いつぞや、彼女が口にした男性嫌いの元凶の話に対し、‘あの方を筆頭に’といっていたのが思い出された。

それ以上に霓姫の静蘭に対する態度は他とは異質で極端に視界から排除しようとしている。それは彼女の言葉以上に彼との‘何か’を如実に物語っているのだ。




―ちょっと待て―




確か、この娘もそれほど歳ではないはず。

確か、燕青殿と彼女の歳の差と秀麗殿との歳の差は同じだったはず。燕青殿は静蘭と同じで二十六、秀麗殿が十六ってことは…彼女は二十一ということか。



「……彼は男色ではなく幼女趣味だったってことかな」


「……さぁ。でも、貴方が想像しているほど過激なものではないですよ」



まるで頭の中を覗いたような口振りの霓姫に驚くことはもうない。この娘には、隠しだてすることは恐らく無理だろう。だから、既にわかられている事を前提で言葉を交わす方がいちいち驚いて馬鹿扱いされずにすむ。



「貴方にとって多分大したことではないでしょう。

でも、女人とはそういった事柄にとかく幻想を抱く生き物なんですよ。今そんなことされたらはたき倒す位で済むだろうけど……まだ十にも満たない女童だったので…まあ、あの男は覚えてすらいないだろうけど」



視線を反らす霓姫は、いつもより対峙しやすい。口許を押さえ、余計なことを口にしたと後悔でもしているのだろうか。

酔いは確実に彼女を素直にさせているのだろう。



「残念ながら私には幻想を抱く余裕など全くなかったですけど。」



人並みの生活等無縁であっただろう彼女。彼女の容姿と置かれた立場は彼女に平穏等与えてくれはしないだろう。

それは彼女の研ぎ澄まされ過ぎた感覚と磨き抜かれた戦闘能力が克明に物語っている。



「主上、甘いものはないのか?」


「は?」


「菓子は無いのかと聞いてるんだ」



慌てて布のかけられていた盆を絳攸の前に差し出す劉輝。既に彼が王であることは忘れてしまいそうである。

差し出された盆の布を取り去るとそのまま霓姫に差し出す。



「好きだろ?」



目をぱちぱちとさせる霓姫。その様子に絳攸の頬はだんだん赤く染まっていく。


自分の情けなさに顔から火が出そうだったのだ。これ以上話させてはいけないと感じたが、話を途絶えさせる術を思い付かなかった。だからといって、アレはない。



相手は子供じゃない。自分の幼すぎる対応策が恥ずかしくてたまらない。


瞠目していた彼女から微笑みが小さな声の感謝の言葉と共に漏れた。

その声はおそらく自分にしか聞こえていなかっただろう。


劉輝と楸瑛は、特に気にした様子もなく続静蘭談義が繰り広げられる。




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