水月佳人 -緋色恋枷-

柚妃@うさまらーさんと仲良くなりたい
@weisswinde

第九話 惑う心と秋の空

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「いやー、やっぱ姫さんの飯はうまいなぁ」



この大飯食らいの男も貴陽にいるのはあとわずか。そう思うと秀麗の胸に寂しさが広がる。相も変わらず、脳天気に静蘭と口論をしている明るい彼が茶州に帰ったらこの邸に物悲しさを感じるだろう。



「そういえば、李侍郎って霓姫と仲いいんすね」



燕青のいきなり過ぎる発言にお茶を呷っていた絳攸は咳き込んだ。本日執政室でその話題が持ち上がり散々いじられた絳攸の機嫌は急落下する。



「おや、有名だね、絳攸」


「貴様は黙れっ!!偶然街で会ったと何度言わせれば気が済むんだ!!」


「だってほら、キミ、浮いた話が一つもないかね」


「貴様があり過ぎなんだ!!」



漫才師顔負けの二人の口論を余所に燕青は眉間に皺を寄せると‘偶然街で会った’と復唱する。

その様子を首を傾げると燕青は顔を上げ問いた。



「霓姫が女の格好のまま街を歩いてたんすか?」


「あ?ああ。」


「あの街を三歩歩けば人浚いに絡まれる‘歩く人浚い招き’の霓姫が一人で街を……」



酷い言われようだが、比較的治安の良い貴陽の街であれだけぞろぞろと寄せていたのだ貴陽より遥かに治安の悪いであろう茶州ではどんな事になっていたか、容易に想像できた。

本人もあまり女の姿では出掛けないと口にしていたのを思い出す。



「俺が声をかけたのも物騒な輩に追われてたからだ」


「霓姫が…大人しく、李侍郎の申し出を受けた……」



何かを納得したようなでも、それを認めたくないと訴えるような複雑な表情をうかべる。それは新たに現れた好敵手になりうる人物を認識する表情。



「李侍郎、ちょっといいっすか?」



急に立ち上がった燕青は絳攸に声をかける。絳攸は首を傾げながら返事を返し、立ち上がると二人は室を後にした。

残された秀麗、楸瑛、静蘭。


無表情を装う静蘭を横目に楸瑛は溜息を漏らす。この場に秀麗が居なかったらどれほどこの場は居心地が悪いだろう。



「霓姫殿なら絳攸が声をかけなくても何とかなっただろうに……。武術が全くできない絳攸より彼女の方が遙かに強い」



「そんな考えだから本命に振られるのよ」



特に誰かに対して話しかけた訳ではなく零れた独り言に間髪入れずに言葉が返される………ここから聞こえるはずのない声。



「っ!?」



慌てて声の聞こえた方を見れば、そこにはこの邸の主と件の娘。自分が知る多くの美女の中でも間違いなく三本の指に入る美女。

そんな容貌の彼女は自分の気に入らない相手には愛想笑いすら見せず常に孤高で気高い。その気高さ故に手を伸ばしても絶対に触れることはできない――こういう娘を‘高嶺の花’というのかもしれない。



「秀麗、霓姫殿が果物を届けてくれたよ」


「あら、美味しそうな林檎と梨。ありがとうございます。」



邵可の抱える籠には見るからに上質な秋の果物の山。その美味しそうな山に秀麗の目は輝いた。



「いえ。大きい居候を抱えさせてしまったささやかなお詫びです。


ところで……あの十文字男は何処に?」



軽く微笑まれれば秀麗の方は積まれる林檎のように赤く染まる。妙に人を引きつける娘の用件はこの邸の居候にあるらしい。

髭があった頃の彼と霓姫が並べば、まさに‘美女と野獣’であった。

本人は嫌がるだろうが、その美麗な顔立ち釣り合うのは静蘭ぐらいのものだろう。



「いや、ちょっと席を外してるんだよ」


「…ふ~ん」


「ところで霓姫殿。貴陽で人気の香を置いている店があるんだけど今度」


「お断りします」



試しに誘おうとしたが、その最中に一刀両断を食らう。結果を予想していたのであろう楸瑛は苦笑しながら、この娘が絳攸の誘いを受けたことに興味を引かれた。



「絳攸の誘いは受けたのにかい?」


「絳攸様は貴方のように邪心たっぷりに声をかけてきたわけではありません。私の身を案じてくれた方を労うために茶屋に誘ったのはおかしなことですか?」


「き、君が誘ったの?」


「悪いですか?」



抑揚のない声で返す言葉はどこか冷ややかである。それには身を案じてくれた絳攸に労いのため誘った茶屋も邸までの道中もからかいのネタにされ、絳攸に対して申し訳ないという気持ちが感じられた。

室にはいつの間にか秀麗と邵可の姿はない。邵可は持ち帰った仕事に戻り、秀麗は受け取った果物を切りに行ったのだろう。


体感温度がいつの間にやら氷点下まで冷え切っていることに気付いた楸瑛は泣きたくなった。一体、どんな嫌がらせだと。

霓姫の誰もを凍てつかせる冷ややかな瞳が動く。その視線の先には十文字男。



「な、なんでいんの?」


「なんで?私がわざわざ、こんな天敵のいる邸まで来る理由が貴方にはわからない?そうよね、その頭には藁しか詰まってないものね。

どうしても分からないならその手を自分の胸に当てて、最近の言動を思い返してみなさいっ!!」



霓姫の冷え切った声は静かに怒りを伝え、次第にその声を荒げた。

どうやら、彼女は元々機嫌が悪かったらしい。女性にしては考えられないほどの戦闘力を考えなければ美女が柳眉を逆立てても愛らしいと思えるが、この娘に至っては最早身に降りかかりうる災いに恐怖しながらその逆鱗に触れぬことを願うしかない。



「あ…」


「アンタ、私を娶りたいんじゃないの?それとも、そんなにあの尚書とくっつけたの?」


「いや、そんな気は全く。でも、お前、自分の体質話さないだろ?俺が茶州帰ったら誰も気遣ってくれないぜ」


「アンタに気遣ってくれなんて言ってないわ。

どうしてくれるのよっ!!あの人、自覚しちゃったわよ」



苛立った声は刺すように燕青を責め立てる。

今までは霓姫の養父である悠舜に気を遣って気付かないフリをしていたのだろうか、ここ最近は罪悪感よりも別の感情を彼から感じ取っていた。




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