水月佳人 -緋色恋枷-

柚妃@うさまらーさんと仲良くなりたい
@weisswinde

第七話 記憶と云う名の悪夢

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あれから四半刻、月は傾きだしていた。

普段なら夢路についているはずのその時間に何処からともなく弦を弾く音が聞こえる。その音は先程浴室であり得ないほどダメ出しを食らい、自分の恋愛観や過去を振り返っていた男の耳へと入る。

何気なく音に誘われ邸内を歩くと見慣れた顔に出会う。


「おや、絳攸。君、こんな所で何してるんだい?」


「言っておくが迷ってなどいないぞ」



どうやら、外に出たはいいが戻れなくなったらしい。故にこの時間に起きている人間にこっそり問おうとして音に惹かれていたのだろう。



「…こんな時間に一体誰だろうね。」



そう口にしながら、何となくその音を奏でる人間を想像していたのかもしれない。








弾く音は琵琶より柔らかく、箏より鋭い。奏でるは物悲しい夜想の曲――まるで月が涙を零す様な音色は夜風にとけていった。



「変わった楽器だね」


「………」



いきなり声をかけられ、弾片は弦から離された。振り向きはしない―誰であるか分かっていたと言わんばかりだ。


夜風に揺れる髪は降りた帳に溶け込み、風が止めば真っ白な夜着にゆっくりとその影を落とす。




「………何か御用でしょうか?」


「いや、ただ音に誘われてきただけだよ。そうしたら、君が変わった楽器を仙女顔負けに奏でてたから思わず見惚れちゃったよ」



先程あれだけ詰られてもこんな言葉が口から出ることに呆れ、最早振り向くことすら馬鹿馬鹿しく思える。


霓姫は変わった楽器―空に浮かぶ望月を模したような楽器を再び奏で始めた。


「それは何という楽器なんだ?」


「…月琴と云います」


「不思議な音色だな。」



耳に入る音は心地よいが物悲しさを孕む。ゆっくり目を閉じ奏でる旋律はただ無言の彼女の心中を語っているようだった。



「……用が無いのでしたら、休まれた方がいいですよ。明日は公休日ではないのですから」


「君はいいのかい?」


「私は義務として出仕されているあなた方とは違いますから。それに、あなた方に知られてしまった以上外朝に行くつもりはありません。黎深様にもそうお伝えしてあります。」


「り、吏部がまた悪鬼巣窟に戻ると云うことか……」



霓姫の功績は大きかった。あの吏部尚書を働かせただけでなく、あの悪鬼巣窟の異名を持つ吏部を丸ごと洗い流したように穏やかな場に変えたのだ。

吏部の官吏に彼女―焔貴が居なくなることを伝えたら多額を投じてでも吏部につなぎ止めようとするだろう。


何より自分達が原因で彼女が出仕しなくなったりしたら、納得などしていないであろう‘氷の長官’―養親に間違い無く冷ややかに罵られ、再起不能に落とされかねない。しかも、被害はおそらく自分だけではなく主上にまで向くだろう。



「霓姫…といったな」


「はい。」


「お前は官吏に興味があるか?」


「それは、官吏になりたいか…とお聞きになられているのでしょうか?」




弾片は再び弦から外される。月光の映り込んだ瞳は静かに絳攸を見据えた。その宝玉の様に澄んだ瞳に一瞬言葉を失い唾を飲み込む。先程とはドコか様子の違う彼女の瞳からはあの鋭さも柔らかさも感じない。

だが、その抑揚の無いソレは魅入る様に頭から離れなくなるほど美しかった。



「―――そうとって構わん。」


「私は何かに支配されるのは嫌いです。自由に動けない官吏など望まない。

私はあのお嬢ちゃんとは違う……官吏のフリをしていたのも全て自分を護るため。今も然り。」


「……わかった。もう一つ聞きたい」


「戸部尚書が件の草案に反対された理由ですね?」



先程と変わらぬ勘の良さ。‘脅威’と感じても先程感じた‘恐怖’までには至らない。同一人物であるにも関わらず、明らかに先程と受ける印象が違う。



「……今宵は遅いから、朝になってから問おうと思っていた。」


「絳攸様はどうお考えになりましたか?」


「女に偏見を持っていないのならば反対する意味があるとは思えなかった。だが、お前の存在が尚書が女に偏見が無いという証拠だ。

だとしたら、考えられるのは…‘時期’か?」


「御名答です」


それまで抑揚の無かった瞳は満足と言わんばかりに高揚の色付きをみせる。新鮮なその表情は向けられた絳攸のみならず、美女に慣れた楸瑛の時すら止めた。



「人の心に根付いたものを変えるのはそう容易いことではありません。

女である私から見てもかなり無謀且つ強引に思えました。外朝にも保守的な考えの方も多いでしょう。もし仮に‘女人官吏’を認めたところで基盤ができていなければ、おそらく長くは保たない」


「……だが、女人官吏は愚案ではない。」


「それは私も黄尚書もわかってますよ――案自体は良案故にみすみす潰されるのを良しとしなかった。

でも、黄尚書はもう反対はしないでしょう…先程、黎深様とその様な話をしていましたから。」



月は流れる雲に隠れ、四阿に影を落とす。なま暖かい風はまだ乾ききっていない夜闇の髪をまた揺らしているのだろう。

雲間から光が射し込んだとき、霓姫の表情は変わった。



「……彼女なら大丈夫でしょう…何があっても…」



悟りでも開いたように穏やかでいて、何処か物悲しそうな表情。微かな脆さも普段はあの高飛車な仮面で覆い隠されているもの…突如垣間見えた彼女の姿に燕青の語った彼女が頭によぎった。



「霓姫」


「…終わったの?」



突如聞こえてきたのは穏やかで何処か安心させるような声音。またもや動じることもなく静かに月琴に視線を向ける霓姫はおそらく燕青の気配に気付いていたのだろう。

燕青の姿を確認した双花は瞠目した。その目には声やあの十字傷こそ同じだが、全くの別人に映る。



「ああ。霓姫も御苦労さん」


「私はただ弾きたくなっただけよ」



その瞬間に自分達は彼女の弾く月琴に誘われて此処まで誘導させられたことを悟る。彼女は囮だったのだ。

一瞬に二人の表情が固くなったのを感じた霓姫はクスッと笑った。





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