嘆きのoltremare -蒼蓮華伝-

柚妃@うさまらーさんと仲良くなりたい
@weisswinde

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電話越しに響いたのは何かが倒れる音と何かが割れる音。蓮華を何度呼びかけても応答が無く、嫌な予感が雲雀の胸に広がった。

直ぐに一階の警備室に電話をかけ、マスターキーを持ってこさせると靴を脱ぎ捨て部屋に飛び込んだ。駆け込めば廊下には黒絹の髪を散らすように蓮華が横たわっている。そのすぐ側には砕けた陶器の欠片が散らばっていた。

一気に血の気が引き、横たわった蓮華を抱き上げれば彼女の異変に気づく。

ぐったりと力の抜けた体。息遣いは荒く、露出した肌に触れれば驚くほどの熱さを感じた。



「蓮」



呼びかけても応答はない。蓮華を横抱きに抱えると一瞬彼女の寝室に視線を向けるが視線を逸らし、以前、借りた客室のドアに手をかけた。



手入れのきちんとされた客間。

飾り気の少ないベッドに寝かせ、彼女に視線を向けた。息苦しそうに呻く蓮華の額に手を乗せると異常な熱さを痛感する。



徐に取り出した携帯電話の先は既に学校で仕事に取りかかっているであろう無骨だが気が利く一番の部下。



『おはようございます、委員長』


「……熱冷ましのシートと薬とスポーツ飲料と果物を買って至急、蓮の部屋まで届けて」


『へ、へい』



要件だけ伝えると電源ボタンに触れる。副委員長を務める男だ。状況把握は容易にできるであろう。

雲雀の意識は既に彼女だけに注がれていた。辛そうに柳眉を歪める蓮華の頬触れれば、擽ったそうにでもどこか心地良さそうな表情を浮かべる。


込み上げる気持ちとこの感覚が得られなくなるかもしれないという恐怖に背筋が冷たくなった。






10分もしない間に部屋のチャイムが鳴る。インターフォンの先にいたのは自分の腹心。



「い、委員長。沢田は……」


「今寝てる。今日の仕事は君に任せるよ」


「へい。あの…」


「何?」


「また何か必要なものがあったら連絡してください。」



彼の申し出に素直に頷くと扉を閉めた。再び緑のリボンの括られたノブを回すと足早にベッドに駆け寄る。

相変わらず苦しそうな彼女の唇は乱れた息遣いで空気を肺に入れていた。

その額に冷却シートを乗せれば、その表情の曇りは薄らぎ、呼吸も徐々に穏やかになる。落ち着いたその表情を目にした瞬間、彼の口元も安堵に緩んだことは彼も知らない。



「………んっ………あ…れ…?」



目に入ったのは客室の白い天井。記憶が途切れたのは廊下のはずだ。最後の記憶は床に倒れ込んだ痛みとフローリングの床の冷たさであった。



「起きたの?」


「っ!?」



声の方へ視線を向ければ書類に目を通していた雲雀の視線とぶつかる。

そうだ。雲雀が訪ねてきたところであった。いや、でも、彼を招いた記憶はない……。



「電話の向こうで変な音がしてから君の応答が無かったからね。管理人に開けさせて勝手に上がらせてもらったら廊下で君が倒れてたんだ。」



不思議そうに首を傾げていると適切な返答がされる。つまるところ、彼が自分を介抱してくれたということだ。

運び込んだのが自室ではなく客室であったことから彼なりに先日の事を気にしてくれていた。



‘彼は悪くないのに……’




「……Grazie…」



漸く出た言葉だが、その間のせいか雲雀の表情は曇っている。しかし、何から切り出していいのかわからないらしく、黙ったままであった。



「……何しているんだい?」


「えっ…あ、部屋に…戻ろうかと思って……」




雲雀が声をかけたとき、彼女はまだ熱の残る体に鞭を打ち体を起こそうとしていたのだ。熱で頭の中までやられてしまったのだろうかと疑いたくなってしまうほど彼女らしからぬ愚考だ。



「ねぇ…部屋、入ってもいいかい?」


「ふぇ?…あ、うん。」



熱のせいか、とろんとした目はゆっくりと雲雀を映す頷く。しかし、頭は働いていないだろうことはなんとなく感じ取れた。


今の蓮華は誰がどう見ても1人で歩ける状態ではない。彼女の背中に腕を回し、立てさせた膝に腕を通すとそのまま抱き上げた。



「き、キョーヤっ!?お、降ろして!!」


「ヤダ。このまま運ぶから」



所謂、‘お姫様だっこ’と呼ばれるような体制で抱えられた蓮はジタバタと熱を持った体で暴れる。勘弁してほしい。



「暴れないでよ。また熱上がるよ」


「は、恥ずかしすぎて熱上がっちゃうよっ!!」


「意外な反応するんだね。山本武にはされてたのに」



目を見開いた彼女は働きの鈍くなった頭で必死に過去を探る。思い当たったのはあの体育の時だ。

あの時だって降ろせとは言っていた気がするが、山本のいつもと違う様子にたじろいでいた感があった。今ほど余裕がなかったわけでもない。




大人しくなった蓮華に面白くなさそうな表情を浮かべた雲雀はそれ以上なにも言わずにゲストルームを出て、蓮華のプライベートルームのドアノブを回した。

他の部屋とは明らかに違う鮮やかな内装に目もくれず、天蓋のかけられた寝台に直進する。




「悪趣味って……思った?」



「何が?」



「この部屋…」



「思ってないよ。東南アジアの宮殿に迷い込んだ気分にはなったけど」




言葉を紡ぎながら雲雀の表情は困惑に沈み出す。先日の一件をまだ悩んでいてくれているのだろう。



「蓮」



「……ごめんね」



「なんで、キミが謝るの?勝手に入ったのは僕だよ」



「勝手…じゃないんでしょ?キョーヤ、女性の部屋に無断で入るような人間じゃないもん」




少し名残惜しそうに彼女をベッドに降ろす。頭によぎるのはこの前の晩のこと。



確かに部屋に入るまでは特に疚しい気持ちはなかった。だが、部屋に一歩踏み入り、彼女の姿を見たら平常心ではいられず、未遂とはいえ‘夜這い’と言われても否定できないような行動をとってしまったのだ。

蓮華が謝る理由など万に一つもない。

自分の行動の罪悪感からか視線を逸らすが、その変化に蓮華は気づいてすらいなかった。




「……ごめん」



「だから、アレは私が言い過ぎちゃったからで」



「違う。タトゥーのこと。キミは知られたくなかった…隠してたんでしょ?なのに僕は…」



「………」



蓮華の沈黙は間違いなく肯定だ。しかし、複雑そうなその表情からは彼女の思考を読みとることができない。ただ、困惑に揺れる瞳はその話題を出したことを後悔させる。そんな瞳を瞼できつく覆う。拳を強く握りしめ、唇を噛み締めると何かを決意したように双眸をゆっくり開いた。




「………キョーヤ…」



「…なに?」



「……キョーヤに聞いてもらいたいことがあるの…」



ゆっくり見据える瞳は感情を必死に隠しているが、隠しきれていない感情は雲雀に流れ込む。



その感情は‘不安’や‘恐怖’。まるで何かに怯えているように孔雀色の瞳が揺れているのだ。




「どうしたの?」





そう聞き返したが、彼女が何を言おうとしているかの察しはついた。





‘いつか、話す’――‘いつか’が今なのだと―





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