【刀剣乱夢】おくびょうもののこいごころ【現パロ】

十波かや☆Voice Happy
@to7mikaya_3na10

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 私は、コーヒーの好みがちょっとうるさい方だと思う。

 銘柄が…とか、産地が…とかいう"通"なこだわりじゃなくて、あくまでも自分の舌の好みに合うかどうかという話だ。

 実家の両親が揃ってコーヒー好きで、美味しそうに飲んでいる2人の様子を見て、小さい頃よくせがんで飲ませてもらっていた。

 大人になった今では、気軽に買って飲める缶やペットボトルの量産のタイプから、挽きたての豆からじっくり抽出していく専門店ならではのタイプまで、特に拘る事なく飲んでいる。

 2つ年上の姉は紅茶派で、実家に住んでいた頃はよく一緒にハーブティーやら健康茶やらを飲まされていたから、茶葉の味にもそれなりに慣れている。

 でもやっぱり私は、断然コーヒー派だ。


「……今日は、何にしようかな」


 目元のパッチリした、可愛らしい女性のキャストさんから赤いメニュー表を渡されて、ずらりと並ぶ飲み物の一覧から"今日の1杯"を選ぶ。


(冷たいフラペチーノも良いけど、あったかいカフェモカもいいなあ……)

(本日のコーヒーも、捨てがたいし……)


 今日は月曜日で、個人的にとった3連休の最終日にあたる。

 一昨日の1日目は、出張の疲れが一気にどっと押し寄せてきて――そもそも何かをする気も起こらなかった――綺麗な言葉を使えば"休息日"という名の、実際は"家でダラダラしていただけの時間"として使い切ってしまった。

 翌日の2日目は、部屋の掃除や洗濯、食料の買い出しなど普段の生活に必要なあれこれをこなしていたら、いつのまにか夕方過ぎになっていた。

 わざわざ有休を使ってまで作り上げた"3連休"は、今日で終わりを告げてしまう。

 何て呆気ないものなんだろう。

 余りにも味気ない、大した予定もなく普段通りの時間の使い方が妙に悲しくなって、私は読みかけていた本をバッグに入れて、またこの店を訪れた。

 いつものカウンターの席に座って、本を読みながらお茶をして、日が暮れ始めたら帰って夕食を作ろう――やっぱり、いつもの休日の過ごし方だ。

 何人かの友人に、「ご飯食べに行かない?」と誘いをかけようと考えたけれど、週始めは大抵忙しいかもしれないと思って、遠慮しておいた。

 ごくたまに平日に休みをとると、どうにも過ごし方がわからなくて難しい。

 平日は仕事に追われていて、休日は日常生活の雑務に追われて大した予定も作らないなんて――このままでは、社畜扱いされかねない。

 上司から無理矢理「有休とれ」って命令されているあたり、もう既にそうなっているような気がするけれど。


「あの…お決まりですか?」


 斜め後ろから遠慮がちに声をかけられて、私はハッとした。

 そういえば、また注文をし忘れている。


「あ、すみません!今、決めますね!」

「いえ、ゆっくりお決めください。大変申し訳ございませんが、後ろに並んでいらっしゃるお客様のご注文が既に決まっているようですので、先にお通してもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ。私、まだ決まっていませんから」

「ありがとうございます」


 申し訳なさそうな表情でお辞儀をするキャストさんに「大丈夫ですよ」と言って、私は後ろにいる恋人同士らしい2人組の学生さんに「どうぞ」と、先を譲った。

 にこやかに「すみません」と会釈をしてくれた2人は、仲睦まじく「新作のやつ、1口頂戴ね!」「お前、そればっかりだなー」と、楽しそうに笑っている。


(可愛いなぁ)


 微笑ましいカップルに思わず頬を緩めてから、私はメニュー表に視線を戻した。




 今でこそよく通うようにはなったけれど、実は1年ほど前まで私はこのカフェが少し苦手だった。

 メニューに並ぶ名前は、とても覚えきれない位長いものばかりで、なかなか頭に入ってこない。

 月毎にくるくると変わる新商品は、大抵甘さの強そうなフレーバーばかり。

 加えてフレーバーの頂上には、生クリームのホイップが小さな塔のように高らかに巻き上っているものが多い。

 生クリームが得意とは言えない私には、なかなかハードルの高いラインナップが並んでいる。

 じゃあ、ブラックコーヒーが良いのかといえばそうでもなくて、適度な甘さは絶対に欲しい主義だ。

 自分でも、ちょっと捩くれた好みをしているとは思っているけれど、せっかくわざわざカフェに来て時間を楽しむのなら、自分の舌にあったものを飲みたいと思っている。

 端的にいえば、味覚のチャレンジが出来ないだけ。

 悪く言えば"意気地なし"なこの性格が仇となって、なかなか踏み出す事が出来なかっただけの事だ。

 それが今、こうして楽々と自分好みのカスタマイズをオーダーしているのだから、人生はわからない。


(人って、成長するんだなぁ……)


 感慨深く思いながら赤いメニューを両手でパタンと閉じると、「待ってました!」とばかりにさっきのキャストさんが笑顔で近づいてくる。

 結局、いつものお気に入りのカスタマイズになってしまった。

 慣れた言葉で注文をしていると、聞き慣れた声が私の背後から聞こえてきた。


「まーた、同じカスタマイズしてる!他のも、美味しいのあるよ?」

「!?」


 驚いて振り向くと、私のよく見知った青年が立っていた。

 私の額の辺りの位置に見える、真っ白い綺麗なラインの顎とツヤツヤの唇。

 向かって右の口許には、小さなホクロが少しだけ色っぽく飾られている。

 この店のアルバイトキャストで、一番最初に私の話し相手になってくれた人――加州清光くんという名前だ――が、黒を基調にした私服姿で立っていた。


「清ちゃん!今から出勤なの?」

「んーん、今日は休み。ここで友達と待ち合わせなんだけど、ちょっと遅れるみたいでさ。お茶でもしてよっかなーって席をキープしてたら、アンタの顔がチラッと見えて。飲み物を買うついでに、声をかけたって訳」

「そうなんだ。すごい偶然だね」

「でしょー?俺もね、そう思った!」


 私が素直に驚いていると、清ちゃんは人懐っこい笑顔でうんうん、と頷いた。

 彼は何故か、私から「加州くん」と呼ばれる事も「清光くん」呼ばれる事も好きじゃないらしい。

 妥協案で「じゃあ、"清ちゃん"は?」と聞いたら、ピンクのコスモスみたいにパッと顔を輝かせて「うん!」と、強めに頷いた。

 私よりもずっとずっと女子力が高い彼には、いつも"格好良い"よりも"可愛い"と感じる事の方が多い。

 清ちゃんは私の顔を見るなり、「今日は、肌の色が良いね」と、まるで化粧品コーナーにいるビューティーアドバイザーさんのように整った顔で笑いかけてきた。

 綺麗な顔立ちの男の子からそんなチェックをされるのは、なかなか厳しいメンタル攻撃だ。

 でも、確かに今日はいつもより身綺麗にしているから、何も言えなくなってしまう。

 私が黙っていると、清ちゃんは「グロスの色、変えたよね。もうちょっと、明るい色の方がいーんじゃない?」とお化粧のアドバイスまでしてくれた。

 自分でも内心そう思っていたから、清ちゃんの目敏さには本当に驚いてしまう。


「清ちゃん……その女子力チェック、ちょっとひどくない?」

「何言ってんの。アンタが、いかにも仕事で疲れた~ってカリカリになった顔でフラフラしてるから、わざわざオレの方から言ってあげてるんじゃん」


 軽くジトッと睨んで文句を言ってみたけれど、彼は悪びれもしない態度で私に言い返してから、知らん顔で傍にいたキャストさんに自分の飲み物を注文した。

 まったくの正論なので、ぐうの音もでません。


「まー、でも……うん。今日は顔色も良いし、化粧も綺麗に整っているし、及第点ってところかな」


 清ちゃんは私が手に持っていたオーダーシートをひらりと抜き取ると、自分のオーダーシートと重ねながら「珍しく女子力を頑張ってるから、ご褒美」と、悪戯っ子みたいに笑った。


(いくら何でも、年下の学生の男の子にご馳走になるのは、ちょっと……)

(むしろ、いつも女子力チェックしてくれているから、私が奢るべきなんじゃ…?)


「え、いいよ…!」

「本当に、遠慮しなくていーからさ。受け取りカウンターの方へ、先に行っててよ」


 清ちゃんは「ほらほら」と笑って、私の後ろからグイグイと背中を押してくる。

 珍しく、有無を言わせない位の強引さだ。


「じゃあ…ご馳走になります。後で、ちゃんとお礼するからね?」

「そんなの、別に要らないって。いーから、行った行った!」


 爪まで整えられた綺麗な白い手に、シッシッと面倒臭そうに促される。

 今一つ納得がいかない…そう思いながら受け取りカウンターの方へ歩いていくと、壁に背を向けた状態で器具を洗っている、ブラックエプロンを着た背の高い男の人の後ろ姿が見えた。

 このお店で、ブラックエプロンを身に着ける資格を持った人は、今のところ1人しかいない筈だ。


(……!!)


 私が慌ててぐるっと振り向くと、清ちゃんは赤褐色の綺麗な瞳を細めて、ニコニコと笑っていた。

 彼の後ろ姿を空中でツンツンと指さしながら、清ちゃんの薄めの唇が声もなく、ゆっくりと動く。


『声、かけなよ』


(ありがとう……!)


 嬉しすぎて変な顔になってしまったけれど、私は清ちゃんに向かって精一杯の感謝を込めて強く頷いた。

 進行速度が極端に遅い、私の恋の後押しをしてくれる一番のアドバイザーは、可愛くて優しくて、すごく頼りになる――格好良い年下の男の子だ。








 胸のあたりまであるチョコレート色をした木製のカウンターの前には、誰もいなかった。

 店内を見回すと、先に通した筈の学生のカップルは、左側のイートインエリアの隅にある2人掛けの赤いソファに座ろうとしているところだった。

 販売レジ前でオーダー待ちをしている人以外に、フロアにぼんやりと突っ立っている人は私だけだ。

 カウンターの脇には、暇をもて余さないようにと、新作を宣伝した小さな三角柱のポップやクリスマスの限定ギフトの広告ラックが並んでいる。

 私はラックの傍にそっと右手の指先を置いて、軽く息を吸った。


「あ、あのっ…こんにちは」

「やあ。いらっしゃいませ、こんにちは」


 私の声に気がついて彼はサッと素早く身体を向けると、バリスタエリアのカウンター越しからニコリと柔らかい笑みを浮かべた。


「今日は、いつもよりずっと早い時間だね。ああ……確か、連休中だったよね?」

「はい、そうなんです。最終日で!」


 他愛のない、本当に些細な会話だ。

 私は毎日通いつめているわけでも、毎週通い慣れているわけでもない。

 空き時間にちょくちょく利用しているだけで、実際にここへ足を向ける曜日も、結構マチマチだ。

 それなのに――話の内容も、来る時間も覚えてくれていた。

 キャストさんにとっては、たぶん仕事の一環だ。

 別に大した事じゃないんだろうし、もちろん他意なんてないと思う。

 それでも……私にとっては凄く嬉しい事で、何となくくすぐったいような気持ちになった。


(毎日ここで、数え切れない数のお客さんを捌いている筈だし)

(ほんのちょっと話しただけなのに、すごいなぁ)


 デキる人ならではの記憶力の良さに驚きながら答えていると、彼はするすると慣れた手つきで飲み物を作りながら「3連休なんて羨ましいな。楽しんでるかい?」と、更に会話を続けてくれる。

 構ってもらえる事が嬉しくて、私は緩んでしまう頬を直せないまま、首を左右に振った。


「急に決まった3連休で、特に予定も決めていなかったんです。家の事を色々やっていたら、あっという間に過ぎちゃいました」

「ははっ、そうなんだ。じゃあここで美味しいものを飲みながら、のんびりした方が良いね。……はい、お待たせしました」


 彼はそう言うと、まるで魔法使いみたいに慣れた口調で私がカスタマイズしたメニューを唱えると、クリスマス仕様のカップをコトリ、と置いた。

 お礼を言って、そっとカップを手に取る。

 1口だけその場で飲んでみると、随分飲み慣れた筈のものなのに、他のキャストさんが作ってくれているものとは少し違う味がした。


(何が違うんだろう……?)


 好意からくる欲目とか、そういう贔屓めいたものじゃない。

 本当に、ほんの少しだけ……味が違う。

 作ってくれる時の行程を見比べた事はないから、何が違うのかはわからない。

 それでも、何かが違うことだけは確かだった。


(うん……やっぱり、すごく美味しい)


 私が思った通りの言葉を伝えると、彼は次のメニューを作りながらチラリと私の顔を見て、照れ臭そうに蜂蜜色の瞳を細めてから「そう、良かった」と返してくれた。


「僕が薦めたカスタマイズ、気に入ってくれているみたいだね。よくオーダーしてくれているのを見かけるよ。出張の帰りに来てくれた時も、そうだったよね?」

「えっ!」


 彼の言葉に、思わず肩がびくついてしまう。

 まさか、オーダーまで覚えられているとは思わなかった。

 デキる人の記憶力は、本当にあなどれない。


「あ…えっと、他のメニューがあるのは分かっているんですけど、つい…!」


 他のメニューでも、カスタマイズする事はもちろんある。

 でも私は、気に入ったものは暫くヘビロテしてしまう癖がある。

 彼の立場からすれば、自分の薦めたカスタマイズを何度も耳にしているのだから、頭の片隅で覚えていてくれたのも当然なのかもしれない。


「僕は、嬉しいけどね」

「えっ?」

「僕が『これだ』って思って、薦めたカスタマイズだからね。気に入ったメニューの1つに入れてもらえるなんて、バリスタ冥利に尽きるよ。ありがとう」

「へっ…あっ、い、いえ!全然…!」


 彼の方から、お礼を言われるなんて思わなかった。

 このカスタマイズが、この店のメニューを好きになったきっかけの1つだから、お礼を言わなくちゃいけないのは、むしろ私の方だ。


(私も、ちゃんとお礼を言わなくちゃ…!)


「あのっ、このカスタマイズの味、本当に気に入っているんです。だから――」


 意を決した私が、話を進めようとした時だった。


「ねー、何その話。俺、聞いた事ないんだけど?」

「姉さん、なかなか興味深い話だなあ?俺っちにも、詳しく聞かせちゃあくれねえか?」


 私の身体を挟み込むようにして左右の両サイドから、ものすごく聞き慣れた声と一緒に誰かの立つ気配がした。

 ポンッと軽い調子で、私よりも大きな手が両肩に置かれる。

 視界の左からは、褐色の瞳を細めながらキラキラと輝く笑顔を向けてくる、アドバイザーの清ちゃん。

 反対側の右からは、紫色の瞳でニヒルな笑顔を向けてくる、アドバイザーの待ち合わせ相手の少年――紫色の瞳が印象的だ――が、私の視界にフレームインしてきた。


「ちゃんと、詳しく、話してくれるよね?」

「1から10まで、じっくりと……全部な?」


(あ……ヤバい)


「さて、と。ここじゃ、長船さんの仕事の邪魔だから、行くよー」

「心配すんな、姉さんの席もちゃあんとキープしてある。ゆっくり話し合いといこうや」

「え、えぇ……?」

「俺達はもう行くから。長船さん、まったねー」

「じゃあな、旦那。仕事、頑張れよ」

「あ、あぁ……またね」



 綺麗な男の子達から笑顔で脅迫を受けてしまった私は、カウンター越しの彼にまともな挨拶を交わす事も出来ないまま、ずるずるとイートインエリアの席まで連行されてしまった。


(は、白状させられる……!)



私は、彼等からの"尋問"の気配を察知した。






-つづく-