【Hurricane lily】悲願の花の少女

【Hurricane lily】悲願の花の少女(後編)

◆REPORT:Hurricane lily_No.11◆

施設の中は酷い有様だった。

量産クローン用設備は全壊。

大きな透明シリンダーのような形をした形成装置のガラスを割って引きずり出され、肉体のあちらこらを破壊されていた量産クローン兵達。

警備に当たっていた兵士・量産クローン兵の死体の様子は殺した・・・というより、遊んで死なせた・・・ようにも見える。

それだけ残酷な殺し方をしていたのだ。

倉庫の資材・食料には全く手を付けていないところを見ると・・・ただただ、殺しを楽しんで俺に見せつけるのが目的だったのか・・・。

それも正解なのだろうがあいつの性格を考えると、【自分の人工子宮から生まれた兵士】のほうが【スペックが上】というアピールをしたと思える。

執務室は自軍エンブレムの旗を切り裂かれただけだった。

まだ調べていないのは・・・医務室か。

医務室の中に入った瞬間、殺気を感じた俺は野太刀を手に取った。

医療用ベッド仕切りのカーテンの隙間から見えた銃口。

引き金を引き始めたかすかな音を聞き取り、体を一回転させて回避。

その勢いで相手の手から銃を弾いた。

阿南から継承した獣人の身体能力があるからこそ成せる技だ。

ココノエが過去に開発した【銃火器無効】の術札を使うまでもなかった。

「お前は・・・鬼塚!?人間界本部にいるはずのお前がなぜここに?」

銃を向けていたのは退役間近の老兵だった。

人間世界に残っていた俺の補佐をしていた男で、あちら側では貴重なハリィの理解者でもある。

彼が極秘で協力してくれなかったら、手に入らないハリィの物がどれだけあったか・・・。

俺は鬼塚が銃を向けていたことよりも重症を負っていたことに驚く。

左半身が爆発に巻き込まれたのか・・・ヒドイ火傷。

左腕は肘から先を失い、左目と左耳も焼け爛れていた。

その傷はまだ新しい。

「指令!?申し訳ございませんでした!!」

深々と頭を下げる。

状況が悪化しているのは獣人世界だけではないのか?

とりあえず俺は鬼束をベッドに座らせた。

「何が起きているのか説明してくれ。

ただ・・・無理はしなくていい。

その傷では話すのも辛いだろう。」

「いいえ・・・対策を急がねばなりません。

お話しましょう。」

「人間世界で何があった?」

「こちらにも攻めてきた某国の攻撃で、本部の関係者は・・・全滅しました。」

すぐに信じることはできなかった。

阿南の力を使って制圧したとはいえ、日本もそれなりに戦力強化していたはずだ。

それどころか【表向きは平和の均衡】を維持しているのが大好きな世界の政治家達が、そうそう今の時代に世界大戦レベルの戦争を起こしたいと思うのだろうか?

「裏取引も含めた各国の政治活動により、第二次世界大戦以降、それに匹敵する戦争は起きていませんでした・・・今までは。

しかし・・・某国の兵力が異常なまでに特化したことで、政治的駆け引きによってバランスを取ることができなくなってしまったのです。」

「ある日突然、各国が想定してなかった異常なまでの兵力が某国から出現したのだろう?」

「そうです。

あの数は・・・どう考えても異常でした。

某国が大国とはいえ、一般人を差し引いた人口の残り・・・兵士があれだけの数いるのはおかしい。

しかも全員がベテラン兵士以上の戦闘能力を持っていました。

あれは兵士というより、兵器そのものです。」

「それは日下部が奴らに売った【人工子宮】と【急速成長】及び【刷り込み】技術のせいだ。」

鬼塚に俺が日下部から得た情報を話した。

「その話を聞いて、私の疑問が1つはっきりしました。

人間世界の本部は某国の襲撃を受けた後、私は怪我を負いながらも生存者を探しました。

あったのは仲間の死体だけ・・・でもその中に日下部の死体だけがなったのです。」

そのタイミングで裏切ったのか。

準備はずっと前からしていたのだろうが、明確に行動に移したのはそこだろう。

「その直後、眩しい光が町を覆いました。

爆発と熱風は本部内にも届き、私はの左半身はこの通り。」

考えたくなかったが・・・日下部はラグナロクのプロトタイプを実験したのだろう。

世界が一撃で滅びる威力でなかったのは、あえて威力を抑え、理論面を確認するためだ。

それでも核は核。

その一撃で日本の8割が消失。

残りの生存者は某国の直接攻撃で死亡したか、放射能の影響によって死亡したとのこと。

「ダメ元で息子夫婦と孫の家にも行きましたが・・・そこにあったのは人間の姿では・・。」

涙を流す鬼塚。

左半身の激痛に悲しみが加わっていた。

放射能によって見えない影響がどこに出ているかも分からない。

「大丈夫か・・・。」

「私に触れてはいけません。

放射能に詳しくないですが、だからこそ下手に触れないほうがいい。」

「俺が【時間切れ】以外では死なないのを忘れたか?」

鬼塚の体を動かし、ベッドに一度寝かせる。

そしてベッドにつながっているリモコンを操作してベッドごと彼の上半身を起こした。

「核攻撃が起きたのは日本だけではありません。

石油などの重要資源を持つ国を除いてほとんどが狙われました。

某国と周辺国家が攻撃を受けなかったのは・・・。」

物資調達に影響のない範囲と風の流れを計算して実験をしたようだな。

日下部らしいやり方だ。

後は強化兵(以後、某国の兵士をこう表現する。)で周辺国家と資源所有国を抑え込んだか。

核を使った場所は領土として使えないのだから、【支配できる】環境で手に入れなければならない。

資源所有国が核攻撃を受けなかったのはそれが理由だ。

「日下部が獣人世界でどこに向かったか分かる手がかりはないか?

あいつはこの世界に専用施設を持っているはずなんだ。」

「これが手掛かりになるか分かりませんが・・・。

我々が知らないゲートが存在しました。」

転移ゲートというのは1つだけではない。

複数存在するが、【使い物になるかは別】。

術の事故や自然に開いてしまったものは一瞬で閉まってしまい、同じ座標で開けなおすことは難しい。

本来の手順を無視して強引に開けたのも同様。

元が【不安定な通り道】なだけあって、術で開けても安定維持が困難なのだ。

俺達が使っているゲートも阿南から受け継いだ知識と術が無ければとっくに塞がっている。

それでも【一定以上の質量】の輸送には苦労する。

人と人が身に着けている物程度なら簡単なのだが。

大規模な物資輸送の管理には毎回頭が痛い。

「誰かがあけたゲートが別に存在する?」

「どうやって開けたかはわかりません。

しかし・・・某国の中心都市と獣人世界のある場所がつながっているのは確かです。」

教わった座標・・・そこは俺が初めて獣人のサンプルを回収した東部地域の凍土(化された土地)の近くだった。

あいつがここへ転移した時間はこの後以降になるわけだ。

よりよってここ数年よく風魔悠将軍が出現する場所とは・・・。

だからこそ誰も近づかないから、秘密基地を作るには適していたのだろう。

俺はもう1つ、物資の管理記録についても話を聞いていた。

あいつがどんな物資を動かしたかで、そこで何をしようとしていたか予想したかった。

記録から推測するに強化兵の生産施設を兼ねた【観測施設】だった。

部分的に設備不足があるだけで、あいつが主張していた通りほぼ完成してると予測できる。

執務室のPCと接続できるデータベースは生きているので、もう少し詳しく現地の情報をしらべよう。

「直ぐに向かうのですか?」

「いや、もう少し調べてひと眠りした後にするよ。

急ぐ戦いではあるが・・・戦力の補充ができない以上、慎重さも要求される。」

「危機的状況であることは重々承知しております。

ご無理はなさらぬよう。

この老兵にできることがあれば何なりとお申し付けくださいませ。」

「ありがとう。

でも今は休んで回復に専念しろ。

夜明が開けたら朝食くらいは持ってきてやる。

保存食しかないが、好きなのを食え。」

「それでは、サンマかサバの缶詰はありますかな?」

「どちらも水煮からみそ煮・・・醤油煮もあったぞ。」

「みそ煮のサバが欲しい気分ですな。」

「それじゃあ、あとでレトルトの白米付きで持ってきてやろう。

調理室の設備も生きてるから、ボイルするくらいの手間は構わんよ。」

医務室を出ようとした俺に、何か思い出したように鬼塚が話かけてきた。

「ところでハリィちゃんは元気ですか?」

「ああ、預けた【知り合い】が手を焼いて困るほど元気だ。」

「それは良かった。」

「では夜明けにまた来る。」

それが俺と鬼塚の最後の会話だった・・・。

核兵器による負傷と放射能の影響は見た目よりも彼を蝕んでいたのだ。

補佐役として恰好のいい最後を望んだのか・・・昨日別れたままの姿勢で目を閉じたまま死んでいた。

「せめて治癒の術を使うべきだったか・・・しかしあの傷の深さでは・・・。」

治癒術は言うほど便利ではない。

治療範囲には限度があり、自然治癒よりも体に負担が大きいのだ。

術者の力量にもよるが重症患者に下手に治癒術を使用するのは危険で、残された体力以上の消耗が原因で死亡する例は多い。

しかも今回の怪我は塞げばいいものではなかった。

現在ある術式で放射能を除去する術式はない。

放射能に完全耐性の獣人・・・というより、核や放射能の発想のない世界でそんな術式を考えた者はいないだろう。

俺もまさかこのタイミングで必要になるとは思わなかった。

作ろうとしても今日明日すぐにできる簡単なものではない。

応用ではない新しい術式を作るというのは、新しい科学式や新種を発見するような難易度なのだ。

俺の為に命を懸けてくれた老兵にできることは、せめて死後の宿・・・墓をつくることだ。

鬼塚の遺体を埋葬して島で集めることができた花で花束を作り、墓標替わりの軍刀の前に花束を置く。

彼が最後の会話で希望していたサバの味噌煮の缶詰と温めたレトルトの白米も忘れてはいない。

他のスタッフ達やクローン達も同じようにしてやりたかったが、原型を留めないほど痛めつけられた遺体を1人で回収するのは困難だった。

「さらばだ鬼塚。

ゆっくり・・・休め・・・・・・。」

高台に刺さる軍刀を背にして、俺は日下部との決着をつける為に島をでた。


◆REPORT:Hurricane lily_No.12◆

これで何度目の戦闘なのか・・・。

野太刀から血を振り払う俺の周囲には強化兵が倒れている。

サンプル回収できた時には氷漬けの地面だけだったのが・・・どうやら近くで風魔悠将軍が暴れて封印されたばかりらしい。

その影響で吹雪とまではいかなくもけっこうな雪の量だ。

はっきりしたことが1つある。

あいつらは1度、風魔悠将軍の封印を解いてから再封印しているようだ。

蓋を開けて直ぐに閉じるような行為で意味がないように思えるが・・・【封印と解除】が意図的にできるかの実験と考えられる。

一方で分からないことが2つ。

封印と解除が自在にできるようにして、結果的に何がやりたいのか?

氷の魔人の被害は無差別だ。

兵器として利用するには言うことを聞かないにもほどがある。

それと、ラグナロクの使用時期が遅い。

すでに完成していて獣人達を一刻も早く根絶やしにしたいのなら、なぜもっと早く使わない?

俺の施設にちょっかいを出さずに黙ってさっさと使えば、とっくに用事は終わってるはず。

まだこの世界にやり残したことがあるのか?

準備・起動に時間がかかるラグナロクの欠点に加え、ゲートを通過してこちらを攻撃することは簡単な話ではないので今日の今日まで全く何もしていないとは考えにくい。

(ゲートの中にポイっと投げ込んで終わりという単純なことではない。それだけゲートの中は不安定なのだ。)

相手にはあの日下部がいるのだ。

あいつが【使えない状態】でハッタリを仕掛けてくるとは思えなかった。

使うタイミングがまだ来てない・・・と考えるべきだろう。

だけど俺にとってはチャンスだ。

間違いなく敵の施設内だと思うが・・・・今のうちに某国の中心部につながる転移ゲートを確保、そして人間世界に転移できたら某国の所有するラグナロクを起動する。

あまりにも強大になり過ぎた某国の力には・・・獣人達の戦力すべてを集めても勝てないだろう。

しかもアウェーの地では転移ゲートを通れなかった大型の最新兵器の邪魔も入る。

獣人世界の白兵戦なら獣人達が勝てる見込みはあるが、人間世界ではそうはいかない。

全てを無に帰すラグナロクの一撃しかあいつらに勝つ方法はないのだ。

俺も不死身が意味のない結末を迎える・・・でも・・・獣人世界とハリィを護る方法はこれしかない。

問題はあいつが建てた施設の管理下にゲートがあるということ。

その後も何度も強化兵と遭遇し、倒しながらたどり着いた場所にあったのは・・・。

こちらに口を向けるように【コの字】に開いたコンクリートの大型建造物。

暖房効率を考えての設計なのか窓は小さめだ。

一見すると地味な外見だが・・・開いたコの字の中央には化学的な常識を超越した存在がそびえ立っていた・・・。

「こいつが・・・氷の魔人【風魔悠将軍】!?」

なぜここにいる!?

微動だにしないところを見ると封印がきいているのだろうが、こんなものを近く置ける神経は異常だ。

量産クローンで戦争してきた俺が言えたことではないが、こちらはそれよりもリスクが大きい。

人が勝てない自然災害を自ら連れてきているものだ。

「ここまで巨大な形ある災害だったとは・・・。」

とにかくデカイ。

近くで見上げると首が痛くなるほどの大きさだ。

外見は限界まで鍛えぬいた筋肉をつけた骨太の青い鬼。

服や鎧を一切身に着ていない魔人は、全身の筋肉を自慢するように仁王立ちをしている。

これもどうにかしないといけないのだろうが、今はゲートが優先だ。

そのゲートがどこにあるのか?

安定性を求める転移ゲートは一度仮開通させたら、それを中に入れるように建物を建てる。

順番としては建物が後なのだが、最終的には建物の中に調整を終えたゲートがある状態で完成させる。

こうすることで雨風に関係なくゲートを使え、管理面でも便利なのだ。

中央の部屋が定番に思えるが、入って調べないと分からない。

だけど・・・ここにきてから強化兵の姿が見えないのが気になる。

当たって欲しくない予感こそ当たってしまうもので・・・。

「歓迎しますよ。司令・・・いや、ガングイ。」

仁王立ちする風魔悠将軍の足元に日下部が立っていた。

本人が直接そこにいるのではなく、立体映像のようだ。

こいつが白衣一枚で氷点下の外に出られるはずもないし、目の前に狙ってくださいと言わんばかりに姿を現すはずがない。

(ちなみにほとんどの獣人達は薄着でも寒さに強い。流石に風魔悠将軍の冷気が直撃した場合は例外だが。)

本体はきっと建物内の安全なところで高みの見物だろう。

・・・いや、もっとこいつは臆病なはずだ。

あいつがいるのは・・・。

「よう日下部、【某国本部のお部屋】は居心地がいいか?」

「ええ、クソみたいな思い出しかない故郷の国よりよっぽどね。

ラグナロクの最終調整と【ある兵器】の稼働実験で忙しいですから。」

もう1つ何か策をもってるようだな。

ひけらかすということは、よほど自身のある策なんだろう。

「本当に歓迎するなら周辺の強化兵もどけといてほしかったなあ。」

野太刀を背を肩に担ぐように置いて話した。

「すみませんでした。

あの子たちは命令を聞かなかった悪い子たちで・・・。

前回もお話しましたが、頭が少々弱い欠点があるんです。

馬鹿な分戦闘に没頭できるんですどね。」

だからこそ心臓に自爆装置入れてるんだっけな。

言うこと聞かない個体はその場で処分できるように。

今回は俺に様子見もかねて始末させた訳だ。

「そして【良い子】は日下部パパの言うこと聞いて待っていたと。」

「ええ、この通り。」

正面・左右から大勢出てきた強化兵。

そんなに建物に入るわけないだろうとツッコミたくなる数だ。

たぶんこの施設は広大な地下エリアがあるのだろう。

後方から現れた強化兵はいないが、この数から逃げ切れる自信はない。

せめて俺に転移の術式が扱えればとも考えたが、使い慣れていないタイプの術の集中と発動のタイムラグでは結局同じことだ。

「2つ選択肢をあげましょう。

千切り状態になった直後、再生前に火をつけられて灰と化すか・・・再生するたびに何度も何度も刻まれ、気が狂っても僕が飽きるまで刻まれたあとに灰にされるか・・・。

どちらを選んでも結局、再生元の生の細胞はスタッフが楽しく灰にします。」

「『撮影後、スタッフが美味しくいただきました。』的なノリでいいやがって・・・。

5年間死ねないペナルティを甘くみるんじゃねーよ。」

さーて・・・まったく勝てる気がしない。

こっちはもう量産クローンはいないしなあ。

2度と作る気もないけど・・・。

「基本的な戦略の1つ『戦いは数』。

僕にはこれらがありますが、あなたはたった1人で数をどうカバーしますか?」

「『友情・努力・勝利』って少年誌の三原則をしっているか?」

「・・・友情がどこにあります?」

あいつの『は?』という表情がけっこうムカついた

「お前が【お友達】と島にやってきて殺したんだろうが。

あと鬼塚もカウントしてやれ。」

一緒にハリィの面倒を見てくれたスタッフ達をノーカウントと言わせたくなかった。

彼らは友情以上に、ハリィを通じて家族のように過ごした期間もあったのだから。

あの事件の直前までは離れていたが、ハリィを孫のように世話してくれた鬼塚も同様だ。

「どんなに熱く語っても勝てなければ意味がありませんよ。」

かなりのダメージを受けても突破するしかない。

ゲートを抜けたら今度は、ラグナロクを守る某国本部の兵士との戦いもあるだろう。

「絶望的な戦いだが、片腕でも動ける状態でラグナロクまでたどり着けば俺の勝ちだ!!」

ラグナロクは従来の兵器とはメカニズムが根本的に違う。

膨大な核エネルギーを機械技術と術で巨大な結晶体に閉じ込めたもの。

術を使えない日下部がどうやってその術を実現したかは分からないが、量産クローンの少女1人が余裕で入れる程の体積がある8面体のクリスタルのような形をしている。

この状態が非常に安定が高く、8つの面に対して点火の術式が書き込まれていているのだ。

術者がどれか1つの面に干渉すれば残りの面は連動して同時に反応。

さらに任意の時間後に点火することができる。

人生最高難易度のミッションだが、ラグナロクを起動させることができれば獣人世界を守れるのだ。

その代わり人間世界は壊滅・・・俺も全身が吹き飛ぶので不死身の意味がなく死ぬ。

某国が支配権を広げ、ラグナロク使用まで猶予がない以上は・・・【どちらの世界を守る】か選ばないといけない。

だとすると俺は、ハリィのいるこの世界を選ぶ。

ハリィを護る為に。

「やれやれ・・・そろそろ気づくかと思ったのですが・・・。

なぜ僕が【術】が必要なラグナロクを完成させ、あなたの目の前にいる魔人の封印をコントロールできたと思うんです?」

「獣人クローンを某国の意思に反して使ったとは考えにくい・・・。

機械的に術を再現することに成功したのか?」

「残念ながら術札はデジタル媒体では発動しないということは、あなたが実験済みでしょう。」

昔タブレット端末で術札を再現してみたことがあったが、術式は正しいのに反応しなかった。

印刷すると使えるという不思議な制限がかかっていたのだ。

そこで俺は術式がデジタル媒体で発動しない代わりに、アナログ媒体ならいろんな物に書き込んで使えることに気づく。

事務用印刷用紙でもチラシの裏でもキシリトールガムのボトルについていた包み紙(これはイタズラが過ぎた)でも反応するのだ。

「僕は人工子宮などの技術を提供した代わりに、報酬として大金と今の立場・・・そして【ある物】を貰いました。

それがこの子です!!」

何者かが魔人の背後からその肩に飛び乗り、そこからまた俺の目の前に飛び降りてきた。

・・・それを見た瞬間、俺は思った。

俺も散々外道に手をだしてきだが、某国はさらに上をいっていたのだ。

目の前にいたのは【純血の獣人の少女】。

18歳前後の銀狼の秀麗な美少女だ。

細身だが女性として出るところは同性がうらやむほどに出ている体型。

同年齢の女の子の平均身長よりも高く、肩甲骨を隠せるほどの長さがある白銀の髪にエメラルドグリーンの瞳。

銀狼独自の褐色の肌が雪の中で目立っている。

そんな彼女自身の素材は・・・すべて台無しされていた。

顔以外、【全身のあらゆる箇所にある傷跡】によって・・・。

痛々しい傷跡とは相対的に、装飾品と服装は 佳麗な物だった。

両サイドの獣耳下辺りにつけられた青いリボン飾り。

氷の結晶を纏っているかのような色合いと装飾の露出の高いドレス。

背中が大きく開いた上着は豊満な胸元で留める構造になっていて、膝上までの丈のスカートの片側にはスリットが入り、彼女の太腿の艶やかさを強調していた。

これで傷跡がなければ風光明媚な美少女として有名になっただろう。

美しさと傷口を同時に見せる為に着せている服装のようにも思えた。

それよりも・・・いいや、1番ヒドイのは・・・少女に首輪と腕輪と足輪がつけられていたことだろう。

見た目はシンプルなデザインの白い輪だが、それらには明らかに何か細工があると思える。

超小型な機械がある時代、見えない部分に細工することは難しくない。

彼女は両手にそれぞれバルディッシュを持っていた。

二刀流ならぬ二槍流である。

ここで俺は最悪なことに気づいた・・・彼女にはある人物の面影があったのだ。

その時、阿南の記憶からある人物の姿を見つける。

「まさかこの娘は!?」


◆REPORT:Hurricane lily_No.13◆

目の前にいた少女は阿南の娘【カツミレ】。

獣人世界一般では【大悪党】と認識されている阿南だが・・・あいつが支配者になろうとした理由は・・・この娘の失踪がきっかけだ。

それは阿南が妻と娘を連れて故郷に帰っていたときに起きた事件だった。

場所はここ。

かつては大きな湖を囲むようにできた町だった。

某国の建てた建物が丸ごと入る大きさだ。

(湖の情報に関しては俺がサンプルを回収しにきたとき、凍った湖を見ているので間違いない。)

町は南北に分かれ、馬車が2台並走しても十分余裕のある幅の橋が湖に架けられていたそうだ。

南北の町を囲むように田畑が広がり、中央の湖で漁業が行われていた。

この湖にしか生息しない魚には高級魚もいたらしい。

故郷へ娘と一時的戻っていた阿南は、南にある実家で休暇をすごしてた。

そのとき・・・事件は起きた。

人間の部隊が町を襲撃したのだ。

この当時の俺は異世界侵略どころか反政府組織とすら無縁な負け組一般人だったので、阿南の記憶で初めて知った事件だ。

襲撃してきた連中は顔を隠してはいたが、体格と髪の色から判断して確実に日本人ではない。

今思えばこいつらは某国の兵士だったのだ。

真っ先に橋を破壊され、町を守る戦力を分断された阿南達は苦戦を強いられた。

その状況でも【同じ武装】だったなら単騎での戦力が人間の限界を上回る獣人達が負けることはなかっただろうが・・・相手は人間世界の戦闘で使用されるライフルやマシンガンで武装していた。

ココノエの【対銃火器用障壁】の術札がまだ完成していない時代、弾丸の前に獣人達は無力だった。

これが数発なら天性の身体能力で回避できるだろうが、嵐のように弾丸を浴びせられては逃げ場はない。

しかも彼らは幼い子供や若い女性を連行していった。

獣人の身体能力の高さを知っていてやったのか・・・急所を外して死なないギリギリの負傷を負わせて運び出す方法をとっていた。

人間だったら即死する量の弾丸を浴びて膝をついた阿南の目の前で、さらわれる娘・・・。

阿南に止めを刺そうと引き金を引こうとする兵士の前に、自分を連れさそうとする兵士を最後の力を振り絞って倒し、阿南の前に立った妻は【盾】として犠牲になった。

再び阿南に銃口を向けた兵士は、彼が気力を振り絞って突き出した野太刀に刺された。

ここで阿南は気を失う。

気を失っている間に狙われなかったのは、死んだと勘違いされたのだろう。

目を覚ました後に周囲を見渡すと・・・そこにあったのは・・・。

凶弾に倒れた男達の遺体。

抵抗して力尽きた女性と子供の遺体。

銃弾で穴だらけになった町の壁。

限度を超えた怒りと悲しみに・・・叫ぶこともできなった。

後に北側の住民によって介抱されるが、体が動くようになると武将を務める東部の拠点に戻った。

故郷で起きたことを報告した阿南は、すぐに使用された転移ゲートを突き止め、自分の軍で反撃にでる提案をした。

だが・・・許可は下りなかった。

それどころか、今後関わるなと念を押される結果になる。

これには阿南と阿南の娘と友人であったココノエも不審に思い、上層部の内部情報を調べた。

使用された転移ゲートは、上層部が人間世界との接続実験で開いたものだった。

歴史上、偶発的に人間世界との接続が何度もあったことをきっかけに、向こう側の文化に興味をもった獣人達が本格的な転移ゲートを作ろうをしていたらしい。

この案の失敗した部分は【接続先が友好的な国】ではなかったということだ。

日本のように古来から動物の姿をした神を信仰してきた国なら結果は違ったかもしれないが・・・このときの某国は物資の乏しさから獣人世界の資源に目を付け、交渉するふりをしながら情報を集めていた。

このことに気づくことが出来なかった上層部は、本心を現した某国の侵略を許すことになる。

某国は阿南の故郷で資源サンプルと・・・獣人について調べる為に獣人をさらったのだ。

高い戦闘能力を恐れるがゆえに子供と若い女性に狙いを絞って・・・。

さらに上層部はこの失態を隠そうと、あの事件後に直ぐに転移ゲートを封印したのだった。

正規の手順で開けた転移ゲートは閉じるのも簡単ではない。

完全に閉じるにはまずは人間世界を閉じながらこちらへ転移し、獣人世界側で閉じて完全に閉鎖することができるのだが・・・今回は緊急対策だったので獣人世界側を閉じるのが精いっぱいだった。

それでも術で開けない限り開通しないので、獣人遺伝子を持たない人間では開けることがでできないと安心していたらしい。

でもそれが間違いだった。

【向こうに人間しかいない】その発想が通じないことを愚かな上層部は気づいてなかったのだ。

愚かな発想が招いた悲劇は転移ゲートの再開通よりも先に、獣人世界で大規模な戦争を起こすことになる。

阿南はココノエと協力して転移ゲート形成用術についての情報を集め、単独で日本の中心都市に大きな専用ゲートを開通させることに成功し、地方には小型ではあるが複数の隠し転移ゲートも作った。

そして当時の日本の政治家達相手に獣人世界でしか手に入らない薬の材料を対価としてある交渉をする。

交渉は【人間世界の最先端武器】を手に入れるのが目的だった。

憲法9条のある国ではそんなことを一切協力はしないと思うだろ?

ところが・・・中には【自分たちの持っている武器をテストしたい】と思っている奴らがいたんだ。

でも【表向き】戦争を破棄している日本では堂々と実験できない。

そこで阿南に武器を渡しでデータを受け取ることを考えたのだ。

運搬・運用やメンテナンスの問題で戦車や戦闘機は持ち出せないが、歩兵用武器のデータが実践の中で集められるだけでも彼らにとっては価値があった。

その考えで多くの獣人達が犠牲になるとは知らずに・・・。

人間世界の武器を手に入れた阿南が次に目的としたのは【獣人世界の支配者】になること。

こちらから人間世界に大軍を引き連れて某国へ反撃にでるには、隠ぺい工作しかやらない今の政府ではだめだ。

一度政権を破壊し、基板から立て直そうと考えたのだ。

人間世界の武器使用は承諾しなかったが、ココノエも友人を探すために最初は強力していた。

ところが・・・最先端の武器で為す術がなく死んでいく獣人達の姿を見ていくうちにそれが正しいのか疑問に思った彼女は・・・阿南を裏切った。

彼女は『人間を本当に知った上で』最終判断をしたかったのだ。

今の阿南がやろうとしていたのは・・・我を失った暴走だと思っていた。

そして阿南は大狼と手を組んだココノエに敗れ、俺の元に姿を現したのだ。

こうなると『人間を恨んでいた阿南がなぜ、合ったばかりの俺に能力を継承したのか?』と思うだろう。

これについては俺も最初よく分からなかったが・・・今なら何となく理解できる。

阿南も悩み始めたのだ・・・。

『娘の為と思ってやっていたことが本当に正しかったのか?』と。

彼なりにもう一度だけ人間を知る手段として、俺に力を継承したのかもしれない。

『彼自身は結果を知ることができないので意味はない。』・・・その発想も正しい。

結果を見るのは彼ではなかった。

ココノエに見せる為だったのだろう。

【欲と力をもった人間がどんなことをするのか】を。

そして結果を見届けることになるココノエに最終判断を託したのだ。

阿南の読み通り、某国との決戦には彼女も姿を現すことになる。


◆REPORT:Hurricane lily_No.14◆

「苦戦しているようね?

侵略者の司令官さん。」

「ココノエ!?」

なぜここが分かったのだろうか?

「立場上、協力できないはずでは?」

「あなたへの協力はできない。

でも・・・あのダッサイメガネを賭けた【妖怪骨男】を倒すのはまた別の話。」

そこへ狼族の男が現れた。

外見は30代くらい。

若いイケメンではないが年齢と経験を重ねた男の格好の良さがあった。

この男は・・・ココノエの夫【大狼】だ。

「本当は戦災孤児の建前で預かっていたハリィに情が湧き、父親に会いたいと駄々をこねられて苦肉の策で考えた言い訳だがな。」

「余計なこと言わない!!」

俺から目を反らして大狼の腕を叩く。

「ただね・・・気配をマークしていたあんたが風魔悠将軍の反応の直ぐ近くに行ったのを感じ取って『何かあるな』と思ったのは事実よ。」

そこで精鋭部隊を緊急招集してきた結果、この場面だったということらしい。

気配を追う術は対象を限定すればそんなに難しくない。

「あなたは周りの気味悪い兵士をお願い。」

「ふむ。

ではお前が好きな店が閉まる前に決着をつけようか。」

ココノエに頼まれて自軍の兵士と共に、周囲の強化兵との戦いを始める大狼。

そこでどさくさ紛れに俺に抱き着いてきたのは

「おとーさん!!」

「ハリィ!!」

俺が一瞬だれか分からなかったのは、彼女の服と髪型が変わっていたからだ。

どこで調達してきたかは不明だが、ワンピースと同じ柄の着物。

若い女の子が好む短めの丈に調整されている。

父親としては娘の肩から胸回りかけての露出は少し減らしたいとこだが・・・。

髪型はサイドポニーテールに変えていた。

髪留めは彼女お手製のビーズアクセサリーだ。

右手にもちゃんとつけていて、髪型を変えて余ったもう1個も一緒に着けていた。

・・・ずいぶん人の娘を可愛がったものだね・・・ココノエ。

「遊ぶのは戦いを終わらせてからにしよう。」

「うん♪わかった♪」

俺・ハリィ・ココノエが相手にするのは・・・

最初の2人はともかく・・・ココノエにとってはやり辛い相手だろう。

「久しぶりカツミレ・・・。

ごめん・・・そんな姿になるまで見つけられなくて・・・。」

ココノエの片目から一筋の涙が流れ落ちた。

「おねーちゃん・・・。」

エリィも感情的な影響を受けて涙目になっている。

それは仕方がないんだココノエ・・・。

某国が実験用として人間世界で管理していたのだがら、獣人世界から出る機会がなかったキミが見つけられるはずはないのだ。

同じ世界の人間でさえ、某国の陰謀をまったく知らなくてこのザマなのだから。

このときのまだ俺たちは断片しか見ていない。

カツミレについての残酷な現実が分かるのはこれからだった。

「妖怪骨男!!

カツミレに何をしてきたの!!」

日下部の立体映像に詰め寄るココノエ。

「それがこの子の名前だったんですね。

私が今所属する国での名前は・・・。」

カツミレが人間世界でどんな目にあったのか・・・その内容を日下部が語り始めた。


◆REPORT:Hurricane lily_No.15◆

【クークラ・プリンツェーサ】

【人形姫】を意味するそれが某国での名前だった。

なるほどね・・・服装だけ綺麗にしているのは、着せ替え人形感覚か。

さらわれた獣人達についてだが、彼女たちは某国で研究材料にされ徹底的に調べられた。

反抗する力を持たないように・・・常にあちらこちらに怪我を負わされ、治りかけたらまた怪我をさせ・・・その繰り返しで全身は傷跡だらけだった。

中には怪我の調整を間違えて死亡する獣人もいた。

そうして某国は俺よりも先に、俺と同等の結果を何年も前に出していたのだ。

獣人達が利用されたのはそれだけではない。

【個人の意思を無視して肉体をコントロールする装置】の開発にも取り組んだ。

戦闘能力の高い獣人を制御したかったのだろうか?

その開発は困難を極めた。

度重なる実験と意図的な傷で多くの獣人が死亡。

やっと完成したときは・・・生き残った獣人はカツミレだけだった。

自殺すらできないまでに完全に彼女の体を操ることに成功する。

それを可能したのが首・両腕・両足に装着された【トリグラフ】と呼ばれる装置だ。

彼女を通して術の使用・開発もできるようになった。

人間から見れば超人的な身体能力と奇跡を操る術を【本人の意思を無視した強制的な制御】で手に入れたのだ。

操られる本人の意思ははっきりしているが、自分の意思で体を動かすどころか・・・話すことさえできない。

彼女の見たものは制御する側のモニターに映し出され、手元の端末で制御者の意思を書き込むことで彼女を思った通りに動かす残酷なリモートシステム【トリグラフ】

こうして完成したのが【クークラ・プリンツェーサ】だった。

その端末は今、日下部の手元にある。

操作感覚は日下部曰く『オンラインゲームでキャラクターを操作しているようなもの。』

彼女のスペアとして、クローンが1体用意されているそうだ。

スペア側は彼女が死亡すると同時に、そこまでの情報を一瞬で引き継いで起動する。

もしクローンも死亡したときのことを考え、常にスペアのクローンが一体準備されるそうだ。

でもそれはおかしい。

オリジナルのカツミレを生かしておくのは『獣人をラグナロクで根絶やしにする。』この考えと矛盾しないか?

【獣人世界側のオリジナルはもう不要】と解釈すれば辻褄が合いそうだが・・・何かが足りない気もする。

・・・答えは目の前にあった。

クークラ・プリンツェーサことカツミレの後に立つ風魔悠将軍。

あいつらが最終的にコントロールしたかったのは氷の魔人だった。

【自然災害を人間の意思で制御できる】これほど画期的な兵器があるだろうか?

だが・・・魔人を機械的な技術のみで制御することはできなかった。

術との併用が不可欠だったのだ。

某国は実験中に偶然、あることに気づく・・・トリグラフを通じて使用した術が増幅されることに。

どんな理屈なのか?

人間は無意識に押さえつけられ、2割程度しか通常は発揮できない。

これは体に負担をかけない安全装置のようなものだのだが、獣人の体でも同じことが言える。

さらに獣人の場合は術を使用するのに必要な体内の魔力も同様に押さえつけられているのだ。

【トリグラフ】が使用された肉体はそのリミッターが強制的に解除される。

獣人においては魔力のリミッターも解除対象だ。

術札(魔法陣)に書かれた術式・使用者体内の魔力により術の威力は決定する。

強制的にリミッターを解除した魔力と最新の術式で、風魔悠将軍を操ることに成功したのだ。

リモートして操ったカツミレからさらに風魔悠将軍を操る【二重リモート】という大胆な手段だった。

俺たちで実践テストをしたのち、そのまま増幅した魔力で人間世界にカツミレごと風魔悠将軍を持ち帰るつもりだ。

後者はリミッターを外された魔力と転移ゲートが付近にあるからこそできる荒業である。

当然の話になるが【トリグラフ】でリミッターを常に解除された体にかかる負担は大きい。

彼女の体がどれだけボロボロになっているのか・・・まったく想像できなかった。

某国はそんなことなんて考えていないだろう。

クローンのスペアを用意しているのがその証拠だ。

『壊れたら新しいのを作ればいい。』その程度にしか考えていないのだ。

量産クローンを作っていた時の俺と同じ発想だと気づいて、心が痛む。

娘として育てたハリィに関してはそんなこと考えなかった点では、彼らより悪質なことをしていたのかもしれない。

「ぅ・・・・・・・。」

カツミレが小さなうめき声を上げて右手側のバルディッシュを掲げると、風魔悠将軍も右腕を掲げる。

大量の氷がぶつかるような音がした後、その手に氷の戦斧が握りしめられた。

「ぁぅ・・・・。」

苦痛に耐えるカツミレのかすかな悲鳴・・・。

左手を体の横に水平に伸ばすしてバルディッシュを水平に構えた。

今度はそれに連動して、同じように構えた風魔悠将軍の左手に氷の戦斧が握りしめられる。

「うあぁああああああ!!」

操られた少女のあらゆる感情が混ざった悲鳴。

彼女は・・・ここにいるココノエのことも認識している。

ちゃんとした言葉で何かを伝えたいが・・・トリグラフの支配がそれを許さない。

恐らく父がどんな結末を遂げたかの報告も日下部の裏切りをきっかけに、某国から聴いているだろう。

この戦いが正しいと思っていないが、自分の意思で体を動かして逆らうことはできないのだ。

自分の言葉で助けを求めることすら・・・。

涙の枯れたその目が泣いているのは・・・ここにいる誰もが分かっていた。

「ああぁああああああああ!!」

カツミレが右手のバルディッシュで地面を叩くと、風魔悠将軍も連動して凍土を叩き割る。

耳鳴りがするほど響く轟音が、俺の物語のラストボス戦を告げる合図だった。


◆REPORT:Hurricane lily_No.16◆

強化兵との闘いは大狼達に丸投げして、俺・ハリィ・ココノエ3人でカツミレ&風魔悠将軍と戦っていた。

ぶっちゃけた話、回避と防御で精いっぱいだ。

二重リモートを維持する為にこちらを直接攻撃する術は使えないようだが、風魔悠将軍の纏う冷気の加わった2人の桁外れの攻撃力は脅威だった。

ココノエクラスが作った障壁も一度きりの使い捨てになるほどだ。

ハリィと俺も受け流すのではなく、受け止めていたら力業で潰されている。

なんといっても冷気が厄介だ。

直接触れなくても徐々にこちらの体力を奪ってく。

この状況が意味するのは・・・時間制限のあるラストバトル。

形成される魔力の感覚からして、速度上昇・筋力増加の補助系術の発動が確認できた。

このまま補助系の重ね掛けチャンスも与え続ければ強敵攻略はさらに困難を極め、制限時間もより短くなっていく。

それよりも問題になるのが・・・【カツミレを殺せるか?】だった。

・・・ハリィは俺が指示すれば迷わず殺すだろう。

でもそれは親としてはやっていはいけない指示・・・もし殺すとすればそれは俺の役目だ。

ココノエも彼女が相応の覚悟決めたのならできる。

彼女の覚悟を利用して決着をつけるのが現実的な手段に思えたが・・・今の俺にはそれも間違っている気がして決心がつかない。

考えろ・・・。

『クソみてーな人生だと思ったときこそ抗え!!』を今は『クソみてーな状況だと思ったときこそ抗え!!』に置き換えて諦めるな!!


【トリグラフを破壊する?】

あの攻撃を潜り抜けて、首輪・腕輪・足輪の3か所(両手・両足別にカウントするなら5か所)をピンポイントで全て破壊するのは無理だ。

その方法で殺すのも無理そうなのに、反撃を警戒しながらのピンポイント破壊は難易度が高すぎる。


【トリグラフの機能のハッキング】

コンピューターのプログラミング知識を応用した術式なら不可能ではないが・・・時間がかかり過ぎる方法だ。

術札をこの場で戦いながら書くのも無理がり、この方法はもう1つリスクを伴う。

強化兵と同じように心臓に自滅チップを埋め込まれていたら?

オリジナルが使い物にならないと判断したした日下部は、すぐに彼女を殺して風魔悠将軍を諦めるか・・・クローンのスペアを送り込んでの仕切り直しになるだろう。

バックアップは常に1体だそうだが、クローン生産設備に急速成長が適応されていたら同じことの繰り返しだ。


【風魔悠将軍の封印を強行する】

封印自体はできるかできないかで言えば・・・できる。

けれどもクークラ・プリンツェーサとして操られているカツミレがいる限り、向こうは封印を邪魔するか解除してくるだろう。


かなり困った・・・。

カツミレのトリグラフをピンポイントで破壊する余裕はない。

風魔悠将軍将軍は封印しても解除されてしまう。

『侵略者の司令官だった男が、無様ですねえwwww』

風魔悠将軍が元々立っていた場所の近くで、苦戦する俺たちを見て嬉しそうにしている日下部がマジで腹立つ。

「ふん!!」

ココノエも同意見だったのか・・・右足を頭上まで上げると、そのまま踵落としで地面に設置されていた立体映像の装置を破壊した。

術者ならそこは術で壊したらどうなんだ?

それとも【物理魔法:踵落とし】と言い張るつもりか?

まあ・・・日下部の腹立つ顔が見えてなくなったのは良しとしよう。

待てよ?

日下部がこちらを見る手段は今、いくつある?

「ココノエ、ハリィとあいつらの相手を頼む。」

「ちょっ・・・どこいくのよ!?」

俺はカツミレの視界に入らないところで監視カメラを数台破壊した。

カツミレは俺に反応を示さない。

試しに風魔悠将軍の背後に魔力の槍を撃つむと・・・こちらを振り返って戦斧で弾いた。

これではっきりした。

日下部の俺達の状況を知る手段は、トリグラフを通じたカツミレの視界だけだ。

もう1つ・・・アレがなければ望みはある。

【心臓の自滅装置】はあるのか?ないのか?

俺の考えでは・・・その装置は埋め込まれていない。

緊急時の手段として自殺させたいなら、それもリモートで操れば実行できるからだ。

あるいは・・・トリグラフ自体に自殺が可能な機能があればいい。

端末で操作できる毒針が内側に仕込まれているとか・・・。

単純な発想だが・・・似たような仕掛けがあれば無駄に装置を用意する必要がなく、効率のいい対応策だ。

優れた技術者ほど無駄を省き、スマートに仕上げる。

日下部を含めた某国の技術者にも同じことが言えるだろう。

「ココねーちゃん!そっち邪魔!!」

「お馬鹿!!こっちに連れてくるんじゃない!!」

風魔悠将軍の右腕が振り下ろした戦斧を回避した先で、向かい側から走ってきていたココノエとぶつかりそうになるハリィ。

衝突寸前で2人が急停止したところ、そこへ追撃の左腕の戦斧が振り下ろされる。

向かい合わせだった2人は、各自後方へバク宙のアクロバットでその場をはなれた。

2人がいたところに、彼女たちが宙を舞っているタイミングで戦斧が叩きつけられた。

単体戦闘能力が俺より高い2人もあのような状況だ。

もう少しで何かが分かりそうなのだが・・・。

荒業になるがこの方法なら・・・。


【トリグラフを完全停止・破壊するではなく、正常に機能しないようにする。】

・・・確かトリグラフは純・機械技術でできた装置だ。

術を得る為に必要とした機械。

あれが使えるかもしれない。

【通信電波を遮断する術札】

これは俺が反政府組織時代に作り、各地の無線や監視カメラを無効化するのに役にたった術札。

戦争というと敵の武器ばかりを警戒しがちだが、ハイテク戦争になるほど情報面の技術が重要になってくる。

そこを潰されるのは視界を封じられて戦うのと同じ。

強力な武器を持っていても使用する状況が限定されることになり、本来の性能を発揮できなくなる。

その術札は俺のホルスターに入っていた。

術式が組み込まれいない機械=純機械製品にしか効果がないので獣人世界で使うことはないと思っていたのだが、戦場を人間世界に戻したときのことを考え破棄せずに持っていたのだ。

トリグラフは転移ゲートを利用して異世界にすら届く強力な電波を利用しているようだが、物がリモート装置なので操作用の電波が遮断されればただのガラクタ。

自殺用の仕掛けを作動させることもできない。

何よりも重要なのは【カツミレ】の生死を判断できなくなることだ。

俺の考えが正しければスペアのクローンはデータ(記憶)の引継ぎが実行されてる前は中身がない獣人の姿をした人形で、その引継ぎはトリグラフに組み込まれた機能が生死を判断して送るのだろう。

そう考えたのは皮肉にも量産クローンに関わった者の経験だった。

旧式クローンから新型クローンへ記憶を移すとき、新型の記憶はまっさらだ。

この方が旧式が持つ記憶を欠落がなく確実に送信できる。

そもそも記録・移行というのはクローン量産において最も厄介な作業だ。

記憶媒体もデジタルな物では容量が足りても正確な記録ができずに破損につながり、クローンの記憶は移行元のクローンの脳内かオリジナルの人物の脳内でしか正確に保存できないのだ。

移行作業は移す側・移される側のクローンで1つ(1人)の記憶でなければ情報の混乱から欠落・・・最悪は破壊につながってしまう。

それだけ人間の記憶というのは無意識層まで含めると複雑なのだ。

記憶の移行は形成時の最後の作業であり、移行後に意思をもって形成装置から出てきたところに服装や装備を与える。

理屈や形成工程の話はこれくらいにしよう。

・・・阿南、お前の娘を助ける方法が分かったぞ!!


「ココノエ!!

風魔悠将軍を封印するにはどれくらい時間がかかる?」

「私ほどになれば一瞬!!」

ドヤ顔で胸を張って答えるココノエ。

元から恵まれた胸元がさらに大きく見える。

「・・・本気出せばアレ倒せるんじゃないのか?」

「それとこれは別。

私達獣人ですら、アイツのことは未だによく分かってないの。」

獣人式の術における封印は、対象ではなく一定範囲の地面(建物では屋内もカウント)に対して発動させるものだ。

相手が術で抵抗して打ち破ってこなければ成功率は高い。

『戦闘能力が桁外れで強い分、封印術に対する抵抗が低い。』これはこの時代で唯一分かっている風魔悠将軍の弱点だ。

「でも今回は・・・相手が封印を解く術をもっているのよ。

イタチごっこになるのがオチだわ。」

「何とか頑張って持ちこたえてくれ。

そして俺が本当に欲しいのは・・・2重リモートが崩れている間のチャンス。」

とは言ったが、俺よりも機動力のある者があと1人欲しい。

必然的にあの子の役目になるわけで・・・俺の策を簡単に説明してあげないとな・・・。

「ココノエ、またちょっとの間囮を頼む。

今度は単騎で。」

美少女キャラが台無しなるほど露骨に嫌な表情をしたが、すぐに行動に移る。

結局やるなら素直にやれよ・・・。


◆REPORT:Hurricane lily_No.17◆

宣言した通り、ココノエの封印はすぐに発動した。

風魔悠将軍が氷山のような結界の中に閉じ込められる。

二重リモートが途切れた後、カツミレがこちらの隙をみて封印を解除することは読めていた。

「ココノエ、封印の維持に専念しろ!!」

「それだと私は戦闘に参加できなくなるわよ?」

「それでいい。

あとはどうにかできる!!」

俺はその間にあの子を走らせた。

「いけ!!ハリィ!!」

二重リモートから通常リモートになっている分、クークラ・プリンツェーサとしての単騎の戦闘能力は上がっている。

まともに本体と戦うのは二重リモートのときより危険だが、ここは倒すのが目的ではない。

ハリィを先行させたのはカツミレのバルディッシュの動きをとらえる為。

(封印解除の隙を与えない目的もある。)

お互いに武器は2本。

実力差はあるが、受け流しに集中させればハリィが攻撃をまともに受けることはない。

ハリィもあるタイミングを見計らっていた。

相手が痺れを切らし、力業で野太刀ごとハリィを叩き潰そうとする瞬間を。

カツミレが2本のバルディッシュを振り上げた・・・それはこちらが待っていたチャンスだ。

上段の構えからの攻撃はスピードが速く、重い。

大振りで回避しやすいように見えるが、振り下ろされるスピードに反応するというのは難しい。

とくに重さによる破壊力上昇効果は想像以上だ。

ガードしても腕が武器ごと下がり、頭を砕かれて死亡する物は多い。

けど・・・あらかじめ身構えていたらどうだろうか?

これなら相手がまだ警戒してないので、1回目なら高い確率で回避できる。

上段からの攻撃は強力だが、空振りしたときの隙は大きい。

「ここだぁあ!!」

回避したハリィが空振りした2本のバルディッシュへ自分の野太刀二刀流を叩きつけ、バルディッシュ側へさらに加速を加える。

スピードが追加された空振りのバルディッシュは地面に深く食い込んだ。

「とぉ~!」

掛け声だけきいていたら力が抜けそうだが、本人は真面目だ。

空振りで耐性を崩したカツミレに体当たりをする。

身長差のせいでハリィの顔はカツミレの胸辺りにめり込む形になってしまったが、体当たりの勢いでカツミレが武器を手放す。

2人とも地面に倒れた。

仰向けで倒れたカツミレの上にハリィがうつ伏せで乗っている形だ。

俺はその隙に駆け寄って、カツミレのトリグラフ・・・首輪に手を当てて【通信電波を遮断する術札】を発動した。

1つのパーツに実行すればシステム上連動している他のトリグラフにも効果はある。

システムとしては生きているが、これで某国側はトリグラフを操作することはできない。

接続が切れた反動で一瞬痙攣をお起こして、気を失うカツミレ。

「カツミレ!!」

駆け寄ってきたココノエが上半身を抱き上げた。

「・・・ココちゃん。」

ココノエの声に反応して目を開ける。

まだラグナロクの問題が残っているが・・・目の前の少女を【人形姫】の呪いから解放することに成功したのだ。


◆REPORT:Hurricane lily_No.18◆

間もなく強化兵との戦いも終わった。

戦っている間もどんどん施設から出てきていた強化兵だが、生産設備の上限に達成してしまえばこちらは残りを倒すだけだ。

今回は精鋭揃いなだけあって、獣人側の死者はいなかった。

この戦闘データを基にさらなる強化をしてくるだろうが、そんな時間を与えてはいけない。

施設周辺の警戒は大狼とその部下達に任せ、俺・ハリィ・ココノエはカツミレの案内で転移ゲートへと向かっていた。

ゲートは地下にあるそうだ。

湖だった場所の上にこの施設が建っているので、地下という扱いになる。

かなり珍しい現象だが、戦乱の元凶になった転移ゲートは元は湖の底にできた時空の裂け目らしい。

それに目をつけた獣人世界政府が秘密の実験用ゲートとして確保・整備したのを某国に利用されたのが事件のきかっけだった。

「ウチを悪夢から解放してくれてありがとな・・・ガングイさん。

継承したとーちゃんの気配を感じ取れたのも嬉しかったとよ。」

野太刀を左手に持ち、甘えてきたハリィを背負って移動する俺に話しかけているのはカツミレ。

お嬢様のような顔立ちのイメージに似合わないド田舎娘の口調だった。

母親が独自の方言が残る西部地方の田舎の出身者で、その口調の影響を受けて育ったらしい。

阿南もとくに標準語へ矯正する気はなかったようだ。

カツミレにかけた【通信電波を遮断する術】の効果範囲には限度があるが、彼女に持たせてしまえばその制限はなくなる。

この手の術札は一度発動すると、解除しない限り半永久的に効果を発揮するのだ。

「ココちゃんごめんな・・・ずっと会えんで・・・。」

「私のほうがそれよりもヒドイことをしたわ・・・私はあなたの・・・。」

「それはもういいとよ。

とーちゃんもあんなことしたからには、覚悟しちょった思うし。

それに・・・とーちゃんの想いと気配をガングイさんがちゃんと連れっきたやない。」

並んで歩く2人からは久しぶりに会えた感じはしない。

仲のいい女友達同士が休暇の日に町を一緒に歩いているそれに見えた。

ここで俺の背中が急に重くなる。

ハリィが寝てしまったようだ。

戦闘用クローンだとしても・・・この子の体格を考えるとかなり無理をさせてしまった自覚はあった。

まだ全てが終わってはいないが、しばらく間はこうしてあげよう。

俺にはあれをガールズトークと言うのか分からないけど、2人の雑談会話はまだ続いている。

「それにしてもびっくりしたわぁ。

ココちゃんが結婚しちょったなんて。

しかも年上ん(ん=の)旦那で年齢は倍以上違うっちゃろ?」

「まあ・・・年下イケメンやら、使い切れない貯蓄のセレブを何度も夢見たことがあったけど・・・ここが行きついた現実ってとこかしら。」

へえー・・・コイツも夢見る乙女だったのか・・・と思ったとき睨まれた。

こういうのはなぜかバレてしまうから不思議だ。

獣人の年齢感覚で倍以上の歳の差って・・・何歳差なんだろうな・・・。

「結婚願望あるなら、旦那の友人1人につき【:::::::::::::】で紹介するわよ。」

「有料やと!?」

その金額は、日本円で1万円位だぞココノエ。

友人からぼったくる気かキミは。

今気づいたが・・・俺は誰かといるとツッコミポジションに強制配置されやすいようだ。

常に誰かを恨んで、不満の捌け口を探して生きていた頃はまったく意識してなかったな。

再会した彼女達の会話を聞きながら歩いていると、見覚えのある大きな透明シリンダーのような装置が並ぶ部屋に出た。

クローン形成装置と見た目がほとんど変わらないそれは・・・急速成長技術対応型の人工子宮だった。

カツミレの案内によるとこの先に転移ゲートはあるらしい。

左右・上下・左右の順に開く頑丈な3枚の機械開閉式扉を抜けた先に・・・それは見えてきた。

戦乱の時代の幕引きは・・・俺が予想しなかった形で行われることとなる・・・。


◆REPORT:Hurricane lily_No.19◆

輸送コンテナを丸ごと1つ投げ込めそうな面積のある丸いゲートが、壁掛け鏡のようにそこにあった。

ゆらゆら不規則に波打つ表面は神秘的な輝きをしている。

その光景を前にココノエが話しかけてきた。

「ガングイ、向こうって今どんな状況だと思う?」

「日下部はすぐでもラグナロクを使いたいと思っているが・・・上層部の意見は分かれているだろう。」

「上ん人間達は風魔悠将軍を兵器として欲しがっちょったよ。

あんなん魔人はどこん世界の技術でも作れんから。」

カツミレが補足した通りだ。

某国にとっては開発不可能な兵器として魅力的な風魔悠将軍。

ここで逃せばもう2度と機会はないと考えて、ラグナログ使用を止めている者とそうでない者が対立して最終判断が下せない状況だろうが・・・その状況がいつまで続くか分からない。

ラグナロク使用派が強行すればそれまでだ。

今のうちに覚悟を決めなければならない。

「ココノエ・・・ハリィを頼む。

せめて独り立ちできる日まで育ててくれ。」

背中のハリィの寝顔を見せながら伝えた。

「いきなり何を言うの?

まだ【時間切れ】じゃないでしょ?

・・・まさか!?」

彼女が気づいた通り、この先は俺1人で行く。

ラグナロク使用を迷っている以上、向こうは転移ゲートの出口の守りを固めているはずだ。

向こうに着いた瞬間、全ての戦力が襲い掛かってくる。

それを突破してラグナロクまでたどり着き、起動させなければならない。

これは一方通行の突破作戦だ。

起動後の爆発に全身を巻き込まれたら不死身の意味はなく死ぬ。

「カツミレはラグナロクの場所を知っているだろう?

敵本部の構造とラグナロクの位置を教えてくれ。」

「それは無駄やっちゃが。

ガンクイさんのDNAは登録されとらんから、殆どの扉が開けれんとよ。」

カツミレが言っているのはDNA認証で開く最新の認証キーシステムのことだ。

登録された本人のDNAを端末に触れることで認識する最新の警備システムの1つ。

死体では反応しないように、生体認証も同時に行われる。

「扉は破壊する。」

「どれだけの防御システムや隔壁を突破せんといかん思ちょるの?

足を止めた瞬間狙い撃ちなっから、絶望的な突破戦になるとよ?」

正論だった。

向こうが持てるだけの兵力を集中してくる中、扉や隔壁を破壊するのに一瞬でも手こずって動きが止まれば・・・集中砲火を浴びて全てが終わる。

日下部はあれでも天才科学者だ。

俺の弱点である【肉体の完全破壊】を狙ってくるだろう。

彼女達に『もう他に策は無い。』と言おうとしたときに

「お父さん、どこかいくの?」

背中のハリィが目を覚ました。

「ハリィ・・・。」

俺はどう説明しようか迷った。

どんな言い方をしてもこの子は納得しないだろう。

そこへカツミレが背負われるハリィを正面から俺を挟みこむように抱きしめる。

「ハリィちゃん・・・迷惑にならん程度にとーちゃんに沢山甘えたらいいが。」

ハリィの髪を撫でながらそう語りかけた。

「ガングイさん。」

体勢を変えないまま続いて俺に話かける。

「もう1度言うっちゃけど、とーちゃんの気配を感じさせてくれてありがとう。

限られた時間やけども・・・ハリィちゃんと一緒に過ごしたらいいとよ。

娘ととーちゃんが離れる必要はねえっちゃからね・・・。」

そこまで言うと後ろ向きに跳躍した。

その方向は・・・転移ゲートだった。

「カツミレ!!

あんた何やってんの!!」

ココノエが手を伸ばすが間に合わない。

間に合ってもカツミレはその手を掴むことはなかっただろう。

「ココちゃん!!こっち側の封印を急がんと、巻き込まれっからね!!」

転移ゲートに消えていくカツミレの姿。

俺の気のせいだろうか?

カツミレの隣に阿南の幻影が見えた。

阿南の幻影は俺の方を見て笑うと娘を追うように消えていった。

きっとあいつの想いが娘と共に【戦乱の時代に終止符を打ちにいった】のだろう。

「ココノエ・・・辛いだろうが転移ゲートの封印を急げ。

人間世界側は阿南親子が・・・獣人世界側は俺達で終止符を打つんだ!!」

「馬鹿・・・カツミレの大馬鹿あああああ!!」

涙を流して叫びならがも・・・ココノエは転移ゲートを封印した。


◆人形姫へ捧げるパニヒダ◆

*********************

この話は後日、ココノエが人間世界・獣人世界の双方に残ったカツミレの残留思念から再現した物語だ。

彼女の抗いの結末を俺はこの物語で知ることになる。

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転移ゲートから出た先には、本部の全ての戦力が集まっていた。

トリグラフの呪縛から逃れた彼女の姿を見た兵士達に動揺が走る。

それは室内でラグナロクの発動命令を待ちながら、転移ゲートをモニタリングしていた日下部も例外ではなかった。

『馬鹿な・・・トリグラフを破壊せずに通信電波のみを遮断しただと!?

確かにその方法なら生死判定も分からず、自殺も強要できない・・・。』

某国に来てから一番驚いた瞬間だったが、すぐにいつもの自信を取り戻す。

すでに破滅へのカウントダウンが始まっているというのに気づかず・・・。

『まあ、クークラ・プリンツェーサと言えど・・・この数が相手では勝ち目はないでしょう。

しかもアレには、ガングイ達との戦いでのダメージも残っていると思います。』

開戦直後、カツミレは傷だらけになり・・・彼女の血が血溜りとなって地面に広がっていた。

獣人でもたったの1人でこれだけの数が相手では戦闘にすらなっていない。

両腕はバルディッシュを握る力を無くし、やがて立つこともできずに血溜りに倒れた。

彼女の全身に兵士たちのライフルの銃口が突き付けられる。

【対銃火器用障壁】の術札を持っていたとしても、体にぴったりと銃口が付き尽きられた状態では無効だ。

日下部は勝利を確信した。

己の【見落とし】に気づかずに・・・。

『そんなに血だらけになっては、術札も血で汚れて使用できないでしょう。

けれども念には念をと言うことです。』

誰かが1発目を放ったのをきかっけに、バラバラのタイミングで周囲の兵士が次々に引き金を引き始めた。

全ての銃声が収まったあとには・・・息絶えたカツミレの姿が・・・。

しかし、彼女は止めを刺される直前・・・笑ったのだ。

『なんだこの違和感は・・・クークラ・プリンツェーサは死んだ。

何も問題はない。

これで現状、あの魔人を回収することは不可能。

直ぐにラグナロクの使用許可が・・・あ!!』

【クークラ・プリンツェーサは死んだ。】実はこれが最大の問題である。

術札が血で染まったときに、全ての術札はただの紙切れになっていた・・・【トリグラフ】は正常に機能する状態に戻っていたということだ。

その後の【彼女の死】が意味するのは・・・。

『急いで転移ゲート前の兵士を戻せ!!』

狼狽して席を立ちあがる日下部。

彼のいる部屋は安全地帯ではなく、1番危険な場所になっていた。

そこはラグナロク格納場所手前の研究区画の中にある【クークラ・プリンツェーサ専用の研究室】兼【日下部専用の研究室】。

日下部が部屋を出ようとDNA認証システム付きの扉に手を伸ばしたとき、背後にあったスペアクローン形成用装置のシリンダーの割れる音が室内に響く。

彼が後ろを振り返ると・・・オリジナルから記憶を引き継いで形成が完了した【クークラ・プリンツェーサ】のスペアクローンの姿があった。

(オリジナルとの見た目の違いは、こちらにはまだ【傷】がつけられていないことだ。)

形成装置から体1つで出できたばかりの彼女に・・・トリグラフがついているはずはない。

本来は記憶の引継ぎ直後、複数の強化兵士で調整したダメージを与えて拘束後にトリグラフをつける。

形成が完了する前にトリグラフをつけるとクローン形成が上手くいかない為、この手順しかないのだ。

バリッ・・・。

タブレット端末のようなものを踏みつけて前進するクークラ・プリンツェーサ・・・いや、今彼女は自分の意思で動いているのだからカツミレと言ってあげるべきだと思う。

踏みつけたそれは、日下部が焦って落としてしまったトリグラフの端末だった。

彼女の目的はただ1つ・・・人間世界での【ラグナロク起動】

「よせ・・・クークラ・プリンツェーサ!!

僕はただここで自分のやりたい研究を・・・があああ!!」

日下部ごと扉をけり破ったカツミレは、研究区画のすぐ近くにあるラグナロクの格納場所へと走った。

急がなければ兵士がきてしまう。

ここで失敗すれば、オリジナルの命を捨てた策が無駄になる。

オリジナルのカツミレはあえて転移ゲート付近の兵士に敗れ、クローンに記憶を継承することで

ノーマークになっていたラグナロク近くに飛び込むことに成功したのだから。

最重要エリアの隣からのスタートだったので、機械式の頑丈な防御システムを兼ねた巨大な扉を1つ破壊するだけでその部屋にたどり着いた。

一般的な学校の教室くらいの広さの壁紙が真っ白な部屋。

この部屋の最奥中央にあるのは8面体クリスタル。

カツミレの体格でも膝を抱えて入れば、その中に納まりそうな体積。

これが・・・【世界を一撃で滅ぼす核 ラグナロク】だ。

本来の保管場所はここではなく、現在の採掘技術限界の深さにある地下室なのだが・・・使用を前提とした前準備の為、地上にあるこの部屋に運ばれていた。

もうここまで来れば室内の赤外線センサーに連動した警報も関係無い。

術式の刻まれた面の1つに手を触れるカツミレ。

阿南の【想いの幻影】も彼女に手を重ねた。

ほんの一瞬の短い集中後・・・ラグナログから蒼い光が放たれる。

駆けつけてきた兵士が銃を構えたときには・・・すでに決着はついてた。


◆REPORT:Hurricane lily_No.20◆

ココノエが封印したばかりの転移ゲートの入り口が激しく震える。

ラグナロクの衝撃を受け止めているのだ。

一流術者の彼女が作った封印が無ければ、転移ゲートを通して伝わってきた衝撃で獣人世界の半分は吹き飛んでいただろう。

ここだけ封印しても意味はないので各地に存在する転移ゲートも同時に封印していた。

全ての転移ゲートは中心で一度つながっている為、術者の力量次第では全てに同時干渉が可能なのだ。

体の芯に響くような空気振動が起きる間、背中のハリィは俺に強く抱き着いていた。

振動が収まった後・・・その場にいた俺達は実感する。

やっと・・・【戦乱の時代が終わった】のだと・・・。


この後、地上に戻った俺はある町で大狼に呼び出された。

ハリィをココノエに預けて指定された部屋へいく。

そこには机と資料の入った木箱がいくつか積み重ねられていた。

臨時の指令室として使用していたようだ。

「来たか。」

窓の外見ていた大狼が振り返る。

「まずは礼を言おう。

この世界を救ってくれたことに関して。」

無表情だったが・・・嘘をついているような目ではなかった。

ハリィの面倒を見てくれているときの同じ目だったから。

だが、すぐに敵を見る目に切り替わる。

「しかし・・・阿南に続き、この世界へ混沌をもたらしたことは事実。」

言い逃れをするつもりはない。

最後の最後に獣人世界を救う側についたとしても、俺は侵略の罪を犯した者だ。

「人間の司令官ガングイ。

俺の権限と獣人世界の法律に基づき、【壱級戦犯(※)】として逮捕する。」

(※獣人世界の独自の戦犯ランク分け)

最も重い戦犯ランクが俺に言い渡れた。

この結果は当然だ。

「処分が決定するまで俺の管理下で監禁する。」

部屋に入ってきた獣人達に両脇を掴まれる。

彼らに連れられて部屋を出る直前に、大狼が言ったことは・・・

「監禁中、お前の娘は俺の妻が面倒を見るそうだ。」

その言葉の通り、ハリィのことはココニエに任せよう。

俺はハリィの元から離れ、処分が言い渡される日を待つのだった。


◆REPORT:Hurricane lily_No.21◆

継承から4年半が経過し、残りの時間は半年になっていた。

俺は今、研究施設があった島に建てられた家でハリィと暮らしている。

死刑になってもおかしくないはずだったのだが・・・俺に言い渡れたのは

『本土からの追放及び、指定された島を出ることを禁止する。』

と言う内容だった。

この島で生活するには自由と言うことだ。

カピバラに似ているが牛のように大きな動物【オニテン】の背中に乗ってはしゃぐハリィの姿を見ながら、島に様子を見に来たココノエと話してした。

獣人世界特有のその動物は彼女が連れてきたのだ。

「確実に死刑だと思っていたんだがな・・・。」

「あのねえ・・・不死身をどうやって死刑にするのよ。」

狼族と妖狐族の歳の差夫婦は俺の不死身の弱点を上層部に報告していなかった。

その為、殺せないなら・・・と本国からの追放となり、大狼の監視下で生活と言う建前の元、残りの時間をハリィと過ごせるようになったのだ。

「本当にこの島でよかったの?

他に人が暮らせそうな島はあったのよ?」

「ここで暮らすことが重要なんだ。」

俺は振り返り、畳を長手方向に立てて2枚(2畳?)並べた大きさの面で、奥行きは同じく長手方向に置いた畳1枚分の奥行がある御影石を見上げる。

大狼に少々無理を言って調達してもらった御影石は、日下部によって殺されたスタッフ達やこれまでの戦いで命を落としたクローン達の墓石だった。

墓石に刻まれているのはスタッフ達の名前とクローン達のシリアルナンバー。

献花台にはこの島で手に入る花で作れる花束を置いている。

「こいつらと同じ場所で最後まで生きようと思ってね。」

「しっかし・・・人間って変なことするわよね。」

墓石を見上げるココノエは獣人の視点で見た疑問を俺に投げかけてきた。

それは墓作りを自軍の部下と一緒に手伝ってくれたときから思っていたことだろう。

「宗教の習慣の中でいるかどうかも怪しい神というやらを信仰し、死者を死んだ後も世話をする種族なのに・・・なんであれだけの虐殺ができるのかしら?」

宗教の文化を持たない獣人からすれば、島に墓石を立てた俺の考えは理解できないものらしい。

獣人は死んだ者の死体はすぐに灰にして、川や海に流す。

(内陸の場合は風に乗せてばら撒くところもある。)

術の中には死者の肉体を操る外道な術もある為、利用されないように直ぐに死体を跡形もなく処分する習慣ができたそうだ。

俺が墓石の件で許可をもらうときも【火葬】することが条件だった。

鬼塚を1度掘り起こすことになったが、皆と同じ墓に移せたことを考えるとこれでよかったと思う。

「全てにおいて当てはまる答えは分からない。

だが・・・俺の経験からすると、神が何もしてくれないペテン師だと思いこんでしまったときにこんなことになるのだろう。」

「そもそも神って何?」

「各宗教に伝わる内容にもよるが・・・基本的な考えとして【人間を作り、見守る者】と定義されることが多い。」

「なんか【無責任な犬の飼い主】みたいね。

飼うだけ飼っておきながら世話や躾をしていない。」

国によっては命を狙われそうな発言だ。

神のイメージが全く刷り込まれていない獣人ならではの発想だろう。

「獣人世界にそんなやついたら、例え私達を作った存在だとしても倒しにいくわ。」

信仰心が無いって本当に怖い。

そのうち懐かしい某ゲームのように『チェーンソーで一発だぜ!!』とか言い始めないだろうか・・・。

「わざわざ神について質問する為だけに来たのか?」

「いやいや・・・建前上は夫の監視下なんだから、様子見に来ないと怪しまれるでしょ。

でも今回はもう1つ報告があるの。」

ココノエが報告してきたのはラグナロクが発動した後の人間世界についてだ。

決戦後しばらくして封印した転移ゲートを厳重な管理の元に部分的に開けて、あちら側の様子を見てきたらしい。

「人間達は高濃度の放射能で即死だな・・・。」

「ん?人間普通にいたわよ?」

それはあり得ない。

転移ゲートすら壊れる寸前まで衝撃を受けるような爆発に巻き込まれた世界で、人間が暮らすことは不可能だ。

けれども・・・彼女が嘘を言っているように思えない。

それはラグナロクの【バグ】が起こした奇跡だった。

「人間世界の時間が西暦初期に戻っていた?」

「あなた達の時代区切りで考えるとその辺りね。」

「科化学的にはどうやってもタイムスリップはできないはずだ・・・。」

「それ、転移ゲートの理屈はどう説明するの?」

確かに・・・アレだって科学がどうこうって次元の話じゃないよな。

「これは私の推測だけど・・・ガングイの術式、間違えてるところあったんじゃない?」

「最終的に書き込んだのは日下部だが、開発段階のシミュレーションでは問題なかった。」

日下部の書き込みミスの他、シミュレーションで分からなかった欠陥があったのかもしれないが・・・動作に支障をきたすバグがある状態では正常に起動するはずはない。

それどころか違った結果を引き起こし、物が物なだけに場合によっては大参事になる。

ただし・・・コンピューターのプログラミングとは違い、術式の記入間違いはまったく違う効果を発揮することがある。

新しい術式が生まれるのは、間違いで発見された新しい法則であることも少なくない。

「どの業界でもマグレって怖いわね。」

「けれど仮に、タイムスリップできる術式が完成したとしても・・・動力に当たる魔力はどうるんだ?

術師の持つ魔力で威力と効果が最終決定するわけだし。」

「人間が自ら生み出した破滅兵器のことを忘れた?」

え・・・まさか・・・核エネルギーが術の源になった?

「魔力以外のエネルギーが源になることはあり得ないはずだ。」

「そのままならね。

けど・・・代用エネルギーを魔力変換して使う術はあるわ。

変換効率が滅茶苦茶悪い超マイナー術式で、使う人がいないからあまり知られてないけど。」

聞いたことあるが・・・俺も効率の悪さからすっかり忘れてたんだよな・・・それ。

【世界を一撃で滅ぼす】エネルギーを持っていたラグナロク。

変換効率の悪さなんてどうにもなるくらいの膨大な代用エネルギーになってしまったのだろう。

そこへ俺が書き間違えた術式が別の効果を生み出してしまったというわけだ。

「やってしまった本人が言うのもどうかと思うが・・・マグレって怖い。」

ココノエに背を向けて頭を抱えてしまう俺。

そこにココノエが

「ガングイ・・・その術式、よこしなさい。

これは勝者(?)権限よ!!」

俺の肩を掴んで術式を要求してくる。

でも俺はそれを渡すことができない。

「機密保持の為に人間世界のサーバーにしか保存してなかったし、俺自身もなんて書いたか覚えてないんだ・・・。」

きっとそのときのココノエの顔は、風魔悠将軍も逃げ出すほどの恐ろしい表情になっていっただろう。

拒否した俺は後ろから腰辺りを両腕で固定され、ブリッジの体勢で投げられる。

【物理魔法:ジャーマンスープレックスホールド】で後頭部を地面に叩きつけられるのだった。


◆REPORT:Hurricane lily_No.22◆

島での生活は不便なことも多くて大変だが、ハリィと暮らせる日々は幸せだ。

戦乱の時代が終わってからのハリィは以前よりも甘え気味になっていたけど、良し悪しの判断はできる子だ。

生活に必要な道具を俺が自作している横でハリィがビーズアクセサリーを作ったり、オニテンに一緒に乗って島を探索したり、生餌に慣れるまで時間がかったハリィと釣りをしたり、ソファーで一緒に昼寝をしたり・・・。

一緒にいるときのハリィは体の一部をくっつけるクセがあった。

離れると不安らしい。

いずれ独り立ちの時を考えるとやめさせた方がいいと考えたこともあったが、それは俺が死んだ後に面倒を見てくれるココノエに任せようと思った。

俺はこの子に・・・俺が与えてあげられるだけの想い出を残してあげたかった。

しかし・・・俺よりも先にこの世を去ることになるのは・・・数年しか生きてない幼い命だった・・・・・・。


それは俺の命が残り1か月を切ったある日に突然起きた。

起きてくるのが遅いハリィのことが気になって、様子を見にいったら自室を出よとうしていたところで倒れていたのだ。

足がまともに動かなくなる症状が始まりだった・・・。

日数が経過するごとに彼女の体は動かなくなっていく。

そしてついに・・・俺が死ぬ日まで残り10日となった日・・・起き上がることさえできなくなった。

「ガングイ!!何が起きているの!?」

ハリィの部屋にココノエが血相を変えて飛び込んできた。

俺の目の前のベッドに横たわって苦しむハリィに近づく。

「呼吸器系にも異常がでている。

まともに息ができない状態だ。」

この世界では呼吸を補助する医療機器は手に入らない。

あったとしても・・・日に日に他の部分も悪化していくのだ。

今になってやっとそれが何なのか俺は分かった。

クローンが抱える問題・・・劣化症状だ。

この子の寿命はオリジナルと同等と言ったが・・・それは【健康を維持した状態】での話。

そして俺の最大のミスが【クローンを1年以上稼働実験したことがない】ことだ。

1年寿命タイプの量産クローンに劣化症状はなかった。

それで俺はもう劣化の問題は解決したものだと思ってしまったのだ。

だが・・・長い稼働時間での実験をしていないのだから、不足の事態が起きるのは当然だった。

ハリィの体でなんとか動かせるのは今では右腕の肘から先だけ。

「そこをどいて!!ガングイ!!」

ココノエは自分が使える最上級の治癒術を使おうをするが・・・思いとどまる。

鬼塚のときにも説明したが・・・治癒術は言うほど便利じゃない。

早く回復する代わりに使用された側の体力を急激に奪うのだ。

今のハリィにそれを行うのは・・・ココノエが彼女に止めを刺すことを意味する。

「なんとか・・・なんとかならないの!?

あんたが作ったんでしょ!!」

俺の胸倉をココノエが掴んで叫ぶ。

「・・・作った俺すらにどうにもできない。

これが・・・今の技術の限界だ。」

そんなこと・・・俺自身も認めたくなかった。

「こんなの・・・一部の人間に『人間を作っただけで、そのあと何もしていない。』と思われて恨まれている神と同じじゃない!!

作ったなら責任持ってよ!!」

分かっている・・・でも本当に策がないんだ・・・。

助ける方法があるなら俺が知りたい。

涙を流して詰め寄られても・・・何も思いつかない。

この後も激しさを増すココノエの言葉を止めたのは

「おとーさん・・・手を握って・・・。

そこにいるんだよね?」

「まさかお前・・・目も見えなく・・・・。」

「でも分かるよ・・・おとーさんがそこにいるの・・・。」

ハリィが唯一動かせる右手を懸命に俺の方へ伸ばす。

ココノエと場所を入れ替わって側によった俺は、娘の手を握りしめた。

握り返す力が弱々しい。

「一緒にお昼寝・・・するよ・・・。

ココねーちゃんも・・・・。」

「ほら、ここにいるわよ。

安心して。」

ココノエが涙を拭いて、ハリィの髪を撫でる。

「後で・・・お散歩行くときも・・・一緒だよ・・・。」

目を閉じるハリィ。

二度と・・・彼女の目が開かれることはなかった・・・。


◆REPORT:Hurricane lily_No.23◆

俺の命が残り1週間となった日の早朝・・・ハリィの墓にはまだ何も彫られていない御影石が設置された。

サイズはスタッフ達の物と比べると半分くらいだ。

何も彫られていないのはその御影石は、俺が自分自身の墓として用意していたからだ。

ハリィがココノエの元から独り立ちして、自力でここに来れるようになった彼女に好きな絵を刻んでもらうのが俺の最後の夢だった。

今では叶わぬ夢となったが・・・。

「ずっと何も描かないままでいいの?」

1日の殆どを娘の墓の前で座り込むようになってしまった俺の背中に、ココノエの言葉がかけられる。

「これでいい・・・もう・・・俺には何もできないんだ・・・。」

「はあ・・・。」

ため息をついたココノエが俺の正面に回り、助走をつけて左腕を俺の首に巻き付けたら止まらずにそのまま前方へジャンプして、俺の背中を地面に叩きつけるように着地する。

【物理魔法:ジャンピング・ネックブリーカー・ドロップ】で気合を注入された。

「輪廻転生・・・未来で生まれ変わってまた会えばいいじゃない。」

「それは人間世界の宗教の考えだろ?

実際にあるかどうかも怪・・・。」

「んにゃ。

術で強引にやっちゃう。」

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

ココノエスマイルからのぶっ飛び回答に景色が灰色になって止まった気がした。

斜め上を行き過ぎた発想に、投げられた痛みが消える。

「そんなことできるのか?」

「そりゃあ・・・人間世界の物語より融通が利かないわ。

記憶も引き継げないし・・・順番のずれも酷いし・・・何よりも【次に生まれてくるまでがすごく時間かかる】のよ。

2人とも転生する頃には・・・私はきっと3000歳を超えたおばあちゃんね。」

「・・・お前、今何歳?」

「ふん!!」

俺の体を上下逆にして持ち上げて、頭を膝の間に挟み、両膝を曲げた反動で俺の後頭部を地面に叩きつける。

【物理魔法:ツームストンパイルドライバー】は戦争で受けてきたあらゆる攻撃を上回る最強の破壊力だった・・・気がした。

今更だが格闘技って魔法だっけ?

絶対違う。

なんて肉体派な術師なんだ・・・。

術以外の戦闘手段もあったからここまで生き残れたのだろうけど・・・。

「ごっめ~ん♪聞こえなかったわ♪

何が質問があったのよね?」

「えと・・・。」

あれ?

俺は何を聞こうとしたんだっけ?

「転生できたとしても、同じ場所に生まれる確率は天文学的な数字だろ?

人間世界と獣人世界でバラバラになる可能性はないのか?」

さっき聞こうとしたことと違うきがする・・・。

でもまあ、いいか。

これも聞きたいことだったし。

「それは【目印】でなんとかできるわ。

いずれ風魔悠将軍とも決着をつけたら、夫と暮らそうとしているあの場所に若い木が植えてあったのは覚えてる?」

「ハリィの手を引いてココノエの転移術で逃げた先にあったアレのことか。」

「あの木があなた達の再開の目印。

きっと・・・姿が変わって記憶がなくても・・・心に残った想いが2人を同じ場所へ呼び寄せるわ。

もしハリィちゃんが心配なら、私が先に見つける。

私ならあなた達の転生が分かるから。」

「転生はまだ疑わしい部分があるけど・・・ハリィのことに関してはお前を信じる。」

「ほんっと・・・親バカね。」

ココノエは右手の平で御影石表面のヒンヤリした感覚を感じ取ると、指先で表面に術式を書いていく。

筆やペンを使わずに指に込めた魔力だけで有効な術式を書き込めるのは、彼女が優れた術師である証拠だ。

この方法の最大の利点は、書き込んだ術式が専用の認識術無しでは術者本人以外には見えなくなることにある。

(暗号化と併用することでより敵に読まれにくい術式が完成する。)

欠点としては何も書いてないように見えるので、ゴミと間違われて捨てられたことが何度かあるらしい。

「こんなもんかしら。」

術式を書き超えた御影石に隙間から光が漏れているような扉の絵が現れ、その手前には扉に向かって歩こうとする2人の人物が・・・。

人間の男性の腕に狼系の獣人の少女がつかまって、一緒に扉へ向かおうとしている絵が御影石に刻まれていた。

「ガングイ・・・あなたは絶対、私が娘と再開させてあげる。

だから最後の最後まで・・・今の自分にできることをやって生きて。」

笑ってそう言ったココノエの髪は海風で靡いている。

人を投げたかと思いきや、ありえないアフターケアでフォローする彼女の将来は・・・聖母として人々に崇められるか、クソババァになるかのどちらかだな。

「そうだな・・・お前のおかげで、最後にやらなくてはいけないことを思い出したよ。

お前も風魔悠将軍との決着をちゃんとつけろよ。

俺たちが転生するまでに倒せ。」

「ふふふふふ・・・・そのうちあいつに有効な術札開発して、今度はこっちが遊べるくらいの余裕で倒してやるわよ。」

ココノエ・悪い笑顔Ver.は腕組みしてからの仁王立ちで宣言した。

なんだかトンデモな術札を開発して、風魔悠将軍をいじめてから倒しそうな予感がする。

「さて・・・私はそろそろ戻るわ。

戦争の後処理もまだまだ終わる気がしないし。

某国の後始末に関してはこっちの上層部の不正も関わってるから面倒なのよ。」

大狼が待つ船着き場に戻るココノエの姿をハリィの墓の前から見送った。


◆REPORT:Hurricane lily_No.24◆

俺は戦乱の時代の記録資料を残すことにした。

資料の名前は【ハリケーン・リリィ_レポート】。

愛娘の名前をつけたこの資料には、戦乱の時代の真実を・・・俺が知る限りのことを書きこんだ。

資料は次の文章から始めることにした。

『戦争は善悪がっはきり分かれる単純なものではない。

誰かの為にしたことは、誰かを傷つける。

誰かを護る為には、誰かが犠牲になる。

綺麗ごとだけで片付けられることは1つもないのだ。』

信じられるものを無くして【戦争】が起きるくらいしか、世の中や運命がかわるきっかけはないと思ってしまったら・・・この資料を読んでからもう1度考えて欲しい。

それと俺の様子を見に来てきれるココノエと大狼の夫婦の今についてだが、2人は獣人世界だけではなく【人間世界の未来】の為にも活動しているようだ。

大狼は阿南が戦争を起こすきっかけになった事件を調べている。

裏で不正に関わった政府の証拠を見つけようとしているのだ。

ココノエは【祀り神協会】というのを作った。

事故で偶然、人間世界へ転移してしまった獣人が食料を貰ったお礼に干上がった大地に術札で雨を降らせ、それ以降たまに人間世界にくるその獣人が神として崇められていた話を聞いたのがきっかけだ。

そこで毎年きまった日に人間世界へ行き、間接的に作物が無事に育つ手伝いをする代わりに報酬として【お供え物】を貰うビジネスを立ち上げたのだ。

人間目線で見れば【神様へのお供え物と豊作祈願】である。

祀られる獣人達は、人間世界では種族を象徴する動物の姿で絵が描かれることが多かった。

新しい人間世界の歴史ではこれが動物系の神様を祀る宗教の始まりで、彼女が作った組織は【株式会社レッドフォックス】の前身となる。(【株式会社レッドフォックス】については、一話完結のショートストーリー【お稲荷様のお供え事情】を参照)

伝承の神々と大きく違うのは、全知全能ではないが(獣人の術でできる範囲内で)【報酬に応じた確実な見返り】があることだ。(常識の範囲内・間接的という条件ではあるが。)

2人の努力を無駄にしない為にも・・・俺はこの記録資料をタイムリミットまでに完成させなければならない。

資料はタイムリミット最終日の夕方に完成した。

今日・・・日付が変われば俺の命は終わる。

歳の差夫婦への手紙を【ハリケーン・リリィ_レポート】に挟み、少し早いが寝ようと思った。

完成を間に合わせようと睡眠時間を削り続けていたので、とにかく眠くてたまらない。

これが最後の睡眠になるだろう。

俺はハリィとよく昼寝をしたソファーで眠りについた。


◆エピローグ:その夢は未来への道標◆

そこが夢の世界だというのはなんとなく分かった。

俺はハリィと一緒にココノエに転送してもらったあの場所にいた。

正確にはその手前の坂道だ。

けれど・・・俺の知っているあの場所と大きく変わっている。

坂道の先に見えたのは若い木ではなく、木造の2階建て住宅だ。

表札には【大狼編集】と書かれていた。

どうやら事務所と住宅を兼ねた建物らしい。

確かにあの場所だが・・・この光景はどういうことなのだろう?

癖で左手を頭に乗せて考えようとしたとき、手の平に違和感があった。

・・・俺に獣耳がある!?

尻尾もあった!?

都合よく雨水が溜まったままのバケツがあったので覗き込んでみる。

俺・・・狼族になってる・・・しかも若い。

・・・まったく意味が分からん。

しかしだ・・・この場所ということは、アレもないとおかしい。

とりあえず建物の裏に回ることにした。

お・・・ひょっとしてアレか?

ずいぶんデカくなったな。

それはもう大樹と表現するにはふさわしい成長だった。

近寄った俺はそこに誰かがいることに気づく。

大樹の太い枝に取り付けられた木製の手作り感があるブランコ。

そこに座る17歳位の銀狼族の少女がいた。

座っていると分かりにくいが、身長は2M弱くらいあるだろう。

露出の少ない着物だが、その上からでもスタイルの良さが分かる。

腰まで伸ばした銀色の髪は輝いているかのように錯覚してしまうほど美しい。

褐色の肌に青い目。

容姿は変わっているが・・・この子が誰なのかすぐに分かった。

俺に気付いた少女はこちらをみて微笑む。

そこで・・・俺の夢は途切れた。

タイムリミットがきたのだ。

ガングイとしての物語はここで終わった・・・。

後はこれまでの俺を忘れた、来世の俺の物語に続くのだった。



【Hurricane lily】悲願の花の少女

END




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