【1】神創系譜~誓約の大地編~

たちばな伊鞠@創作
@totetotemachi

誓約-6

それはまるで春の訪れを待ちわびていた花が芽吹くが如く。極寒のヴァイスを本来の姿に変えていった。


「ヒル! 何が起こっているの!?」


「自覚がないのか。お前のやっていることだ」


「わ、私が!? 氷がみるみる無くなっていく……魔法なの!?」


「聖痕竜を使役する力は、神に最も近い力。その力の強さは使役するヴァイスの民の器に左右されるんだ」


「私の…………」


「リリム、お前は間違いなく、ヴァイスの王にふさわしい者だ」


光が一層輝きを増し、閃光のように弾けた。

暫くして、光が止むと、リリムとヒルはその役割を終えた魔法陣の中心でただ立ち尽くしていた。

リリムはヒルを見つめたまま、ヒルもまた、リリムを見つめたままで。お互いの手を握り合ったまま、以前とは違いひとつになった互いの命の鼓動を感じながら。


「全てを元に、戻してくれたんだな」


「私は何も……」


「温かくて、優しい力だ。……人が最も、望んだ力だった」


「まだ、わからない」


「思いのままに力を操るのは難しいだろうが、すぐ操れるようになるさ」


「……出来るかな」


「ああ」


ヒルの声は、リリムに落ち着きを与える。

その声に心を傾けていあたリリムだったが、ふとあることに気付いた。


「ん…………?」


リリムは戸惑いがちに頷く。が、今自分が置かれている状況に気づき、慌ててヒルの手から逃れ後ずさった。


「リリム?」


驚いたヒルはリリムに近寄ろうと手を差し伸べたが、当のリリムは首を左右に振りながら顔を赤らめさらに後ずさる。


「なるほど。男と手をつないだのは初めてだったかリリム」


「黙れ! 腹が立つ言い方をするな!」


酷い言われようにも関わらずヒルはくすくすと笑うのみで。リリムはそれを見てさらに憤慨した。


「やっぱり、お前は性格が曲がっている」


「はは、手厳しいな」


「最悪だ」


リリムはもう諦めたように言い捨てると、話題を変えるために城を指さした。


「ヒル、氷が溶けたなら城に入れるんじゃないか?」


「ああ」


「王も……私の父にも――」


「見に行きたいか?」


リリムは城へと足を運びかけたが、何故か立ち止まり背を向け首を振った。


「いや……やっぱり、いい」


「………いいのか?」


「まだ、彼の娘である“私”に成っていない」


そう、今は迫り来る人間の軍をなんとかしなければ。感傷に浸るのはまだ早い。王になると決意した以上、もう昔のようなその場だけの突発的な感情は捨てなければ。リリムは静かに目を伏せると、父の眠る城にしばしの別れを告げた。






   *   *   *






同時刻、ライザーと共に屋敷で二人の帰りを待ちわびていたレオンは異変に気づき窓を開けはなった。

ライザーもレオンに重なり合うように窓から体を乗り出した。光に目を細めながら、この光の意味を悟り、驚きを隠せない様子で。


「ヒル君はお姫サマを認めたみたいデスね~」


「ああ……」


「ライザー君も、王族なんデスがね~。なんでダメだったんデショ。男だから?」


「っせえよ。やっぱり、俺には血統の資格はあっても"器"が違ったみてえだな」


ライザーはそう言うと背を向け部屋のソファに腰掛けた。


「ライザー君……」


「やっぱり、敵討ちなんていう動機じゃ、認めるはずねえか…………」


「望みは救済ってことデスかね」


「ああ」


「ヒル君は、マイアちゃんが殺されても相手を憎まなかったからね~。怒りもしない、泣きもしない。…………報復すら、しなかった」


「あん時はなんて冷たい奴だって思ったけど、そうじゃねえんだよな」


レオンは窓を閉め、緑の大地に生まれ変わっていく故郷をガラス越しに見つめると、ふいにライザーの頭を思い切りこづいた。


「ってえ! なにすんだコラァ!」


「これから忙しくなるんデスからしっかりしてクダサイ」


「殴ることねえだろが! あァ!?」


頭を押さえながら凄むライザーに向けて、レオンはにっと悪戯な笑顔を見せこう言った。


「君はお姫サマ同じく、この国に必要な人なんデスから」


「…………わあってるよ」


うつむいたライザーは、どことなく嬉しそうにも見えた。レオンはそれに気づいていたが、あえて触れず、伊達眼鏡をくいとあげると、伸びをしつつ部屋を後にした。






   *   *   *






その頃、悪魔殲滅作戦の為に編成された部隊は、イシュラント山脈により近いティタニアという街に集結していた。

王都ほどではないが、大きく栄えたその街は、戦いを前にした兵士や聖騎士で溢れかえっていた。

ほとんどが街の外に陣営を張っているが、部隊の指揮官達は街を執り仕切る議員邸に招待され、豪華な食事を楽しんでいた。

立食形式のパーティーは、戦いを前にした兵たちの英気を養う為に様々な趣向を凝らした料理が用意されていた。

絢爛な大輪の花が飾られた、異国の壺の傍には宝石のようなデザートたち。磨き上げられたグラスに注がれた葡萄のワインには、一片の白い花びらが浮かぶ。

華奢なドレスに身を包んだ婦人たちが、屈強な聖騎士や兵士に励ましの言葉をかけている横では、血気盛んな男性たちがまだ得ぬ武勇を語りグラスを空ける。

熱気に包まれたその場所で、アメリは水辺に楚々として咲く水仙のように、静かに食事を楽しんでいた。


「アメリ様、兵に食事を取らせました。どうぞ安心して晩餐を楽しんで下さい」


軍服に身を包んだ女性が、そっとアメリに囁く。口元を隠しながら、アメリは頷いた。


「ありがとう。桜炎丸はどこにいるのかしら」


「アメリ様の馬なら、館のすぐ傍の馬屋に。ちゃんと面倒見てますよ」


ゆったりと微笑んだアメリは、部下に対して丁寧に礼を述べた。


「兵に伝えて下さい。決して町の方々にご迷惑をかけぬようにと。特に、混合部隊である以上、何かしら問題は起きるものです……気をつけて下さい」


「はい!」


部下の威勢のいい返事に、アメリは微笑を返した。口元を隠しながら喋っているおかげで、彼女が何を言っているかは周囲には伝わらない。

身分高い人々が彼女の一挙一動を気にし、先程から伺うような視線を送ってきていることに気付いているのだ。

このパーティーは、戦争を祝う為に開かれたようなものだ。ねぎらいなどと言いながら、会話の内容は戦いが終わった「後」のことばかり。

彼らが求めているのは、確実な勝利のみで、そしてそれが当然のごとく獲得出来るものだと信じて疑わない。

悪いことではない。勝ってこその戦争だ。

だが、彼らには見えていない。この戦いで、帰ってくるものがこの中で、一体何人いるのかということを。

今こうして、美しい綾に身を包んだアメリでさえ、明日またこうして笑顔を見せることが出来るかなど、誰にも分からないというのに。


「いけない……」


戦いを前にして、己が緊張していることに気付いたアメリは、密かに溜息を吐いた。


「アーメリ」


そんな中、臆すことなく彼女に声をかける者がいた。第三階級の、ジークフリードだ。

きちんとした正装に身を包んだジークフリードは、自身の持っていたグラスを掲げながらアメリに近づく。


「ここのご飯いまいち。ちょっと薄くない?」


腹をさすりながら、ジークフリードは言う。


「貴方は少し食べ過ぎでしょう。お腹を壊しますよ」


「大丈夫大丈夫。食べなきゃ逆にしんどいし」


見た目に反してよく食べるらしく、ジークフリードはまだ足りないといった風に、テーブルの料理を見つめた。

輝くシャンデリアに照らされた料理の数々は、胃袋をくすぐるような、深い香りを放っている。

ジークフリードは、グラスに映る自分の顔に気付くと、独り言のように呟いた。


「バロン議長の言ってたことほんとかなぁ」


「――はい?」


即座に顔色を変えたアメリに、ジークフリードは慌てて言葉を付け足す。


「いや、違うよ。個人的な感想。ほら、だって、僕……直前までリリムといたからさ……」


「彼女が裏切ったのは事実なのでしょう。悪魔と手を組んで塔を破壊し、……そのおかげで、聖騎士の一人が犠牲となりましたわ」


「そうだけどさ……」


どこか納得のいかない様子のジークフリードは、悲しそうに俯く。

諦めたように視線を落とすと、手に持っていた紙きれをくしゃりと潰した。

音に気付き、見るつもりはなくても、見えてしまった差出人の名前。その紙きれには、金色の文字で「クルヴェイグ」と書かれていた。


「ジークフリード……」


夜風が入り込む、屋敷の窓辺。

小さな夜の景色に気付いたジークフリードは、紙をくしゃくしゃに握り潰し、丸めてから外へと投げだした。

僅かに香る、露を孕んだ芝生の匂いと、虫の囁きが彼の心を鎮めるように鳴り響く。

夜空には丸い月以外に宝石のような星たち。その中に淡く青く輝く星を見つけると、ジークフリードはふいに彼女を思い出した。


「……本当に、本当かな」


ジークフリードは、バロンが言った言葉を思い出していた。

いまだに信じられないあの言葉。だが、あの時の状況からすると、信じざるを得ない。


「嘘だよねリリム…………」


ジークフリードは手を伸ばし、その青い星を手で掴もうとしてみた。だが、手は何もない空虚を掴むのみ。


「僕達を裏切ったなんて、嘘だよね?」


少年の声は、彼女に届いただろうか。ジークフリードは難しい顔をしてため息を吐き、冷たく吹き荒んできた風に身を震わせた。






報復戦争グランカリウス。

記録・聖王国軍作戦指揮官、マリアベル。


アーリア聖暦3062年、弓の月。


悪魔によるアストレイア殺害を機に、我が国を主とした悪魔繊滅軍を結成。


作戦名は「グランカリウス」。


ノーブル皇国、グルージス共和国もこれに賛同。

獅子王アルフレッド陛下の名の元に、各国の聖騎士、軍隊が集結した。


第二位階級ティアレーゼのアメリ、第三階級バルムンクのジークフリードらを師団長とした混合部隊はヴァイスに向けて出立。これまでの課程を問題なく終えている。

シュナイダー大佐は万一に備え、自らの一軍とともに王国に待機。シグルドもまた、アルフレッド王とバロン議長の護衛についていた。途中、竜族の不審な動きを察知。

しかし数年前のノーブル皇国との休戦協定があるため問題はなし。──今のところは。


エルフ・獣族・その他古の種族に関しても問題はなし。彼らの領域を侵すことがなければ、反対も賛成もしないとのこと。


彼らの中の聖騎士の参戦に関しては、自由意志で合意。


今回の戦争に聖騎士管理組合は一切の介入をせず。監査官や組合員も、傍観を徹底する方針。

ただ一人、人間ながら突出した魔法能力を持つ、あのベリーという元組合監査官をのぞいて。




――そこまで筆を走らせて、女性は息を吐いた。


見た目だけなら、年の頃十八歳ほど。

シュナイダーとよく似た白い軍服を身に纏ってはいるが、下は短くタイトなスカートになっている。

すらりと伸びた長い足は、まるで白い陶磁のようだ。それを支える白いヒールの、なんと華奢なことか。

頭には、軍服同じく白い軍帽。紺色のセミロングの髪映える瞳は、リリムやセイレと同じ色に輝いていた。

少女は休むことなく文面を書き続け、区切りのいいところまでくると、その紙を封印し手に持つ。

そして、その紙を求めている人物の元へ急ぐ為、筆を片付けることもなく、椅子から立ち上がった。


聖王国リュシアナ、王都アルフォンス。

その城の一番高い場所に、アルフレッドの自室がある。

ここは彼が執務から離れ息をつく場所であり、プライベートな場所だった。

とはいっても壁には豪華な獅子や神々の彫刻が施され、天井はすこぶる高い。部屋には来客用のソファーと机しかない。あとは小さなサイドボードがひとつ。南向きの大きな窓を背にし、アルフレッドは立っていた。


「──以上が現在の状況です、陛下」


「ありがとうマリアベル」


「まもなく、師団はヴァイスに到着致します」


「彼らを侮らないようにするんだよ。君もね」


「はい」


まるで忠実な飼い犬のように返事をするマリアベル。事務的な口調で、言葉を続けた。


「陛下、裏切り者の処遇はいかほどに」


「ああ、君に任せよう」


「分かりました」


マリアベルは立ち上がり敬礼をすると、更に一礼をした。

それを満足げに見つめるアルフレッドの瞳は冷たく、マリアベルにもそれが伝わっていた。


「裏切り者リリムは、この手で処刑します」


紡がれし歴史の糸を、ひそりと手繰るその御手よ。

ああ、絡み付く。謳うことなく歩みし者のその罪よ。


この世は未だ、真実を識らず。


狂わぬ時は、無きものと。


<誓約の大地編・了>

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