歪んだ円環を開く者

光圻
@mtk_4s

生誕祈禱

三月十四日。

それは、"僕"が"僕"であった頃から、もう"僕"のことなど忘れてしまった今でも変わらずずっと大切にしている日だ。


――――父上


毎年、今日この日の日の出参りだけは、"毛利元就"を昔のように呼ぶことを自分に許す。そんな日。

日輪への礼拝が済めば、もうその甘えは拭い去る。いつに増して冷然と心に封をし、振る舞いを正し、"毛利元就"として生きる。


三月十四日とは、そんな日だ。







毛利元就は僕の父であった。何の因果か、死ぬ度に輪廻転生を繰り返す呪いを身に受けている僕にとっては二人目の父親であり、酷く厭世的であった当時の僕に生きる目的という光明を授けてくださった方だった。僕は世継ぎの嫡子であり、同時に彼の人の為の刃であり盾であった。生きる総ては父の為だった。父に災いを為す全てを退け、拭いきれない血と死に塗れながら穢れを掃い、父が護る国を守り戦う為の智勇に磨きを掛けることが、僕が生きる意味だった。何より幸せなことだった。


全てを喪ったあの日から、そんな風にがむしゃらに生きていた"僕"はいなくなった。

僕は父でも無かった。

国中の誰一人として知った顔のない安芸を、その国名だけを縁に護り続ける戦いが始まった。


迷いも、悲しみも、寂しさも、孤独も、切なさも、郷愁も、慟哭も、怒りも、嘆きも、妬みも、愛おしさも、やるせなさも。

全ては心だ。"毛利元就"が奥底に鍵を掛けて封じ込めた物。嘗て、棄て切ることが出来なかった物。

こうなって初めて、生きる為にこれを殺した。

表情を殺し、冷たく、冷たく、情を殺して采配を振っていれば表には出てこない。ただ理知だけが支配する脳裏であれば、足取りが鈍ることは一切なかった。生き続けることが出来た。


"毛利元就"に、成り続けることが出来た。




手を、合わせる。

閉じ込めた心を、その両手で包むように、祈りを篭める。


――――父上。父上のご生誕に肖り祈願申し上げます。


父上は日輪の加護を受けしお方だ。そうであるならば、日輪に礼拝することは父上に祈りを捧げることと相違無い。いつか冗談めかして言った言葉は当時は呆れられたものだけれど、何百年も続けた今も、問うてみたら溜息を吐かれるのだろうか。


溢れそうになる想いをぐ、と堪える。


――――どうか、もう一度逢えますように。

――――どうか、もう一度「父上」と呼ぶことが出来ますように。

そこが冥府でもいい、天界であれば幸い。皆が生きたあの安芸であれば僥倖の極みだ。


――――だから、どうか。

――――いつか叶うその時まで、どうか、僕が父上の名を名乗るに相応しい生き様を貫き通せますように。



――――霞んだ空に阻まれてでも、この祈りが届きますように。




閉じた瞼を開き、空を、見上げる。靄の遠く向こうで顔を出したばかりの日輪の僅かな光が届く。春は近いが、日が照らないこの本丸では朝の冷え込みは冬と変わらない。起き出す者もまだいない。


昔は、朝が滅法弱かった。父上が――――

口から、目から、手先から、込み上がる想いが全身から噴き零れそうになるのを精力で以て押し留めた。顔を伏して目を閉じ、歯を食い縛り、拳を握り、数度落ち着けるように呼吸をして鎮める。

四度目、思考を邪魔する全ての柵を吐き切るように大きく息を吐き切って、漸く静寂が訪れた。



「我が名は、」


毛利、元就。



口には出さずに呟く。

それ以外の何者でもない。日輪の加護を受け、安芸に安寧を齎す謀神。





静かに、密やかに、今年もまた"毛利元就"が生まれ直した。

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