パパッと終わる短編集

あもぉれ
@sayu10311

ツキ

西暦3129年。

この時代になってくると、月へ旅行に行くのは当たり前になっている。少し値は張るが、それでも「一生の思い出」として恋人や家族と旅行に来る人は多かった。

エス氏もその一人だ。言い出したのは恋人だった。

「最愛の人間と共に月までいけるのだ。なんとロマンチックなのだろうか。」


旅行が始まった。

10世紀ほど前まではロケットで何日もかけて月まで行ったらしいが、エス氏にはそれが嘘のようにも思えていた。今はワープで月まで行くのだ。

ー科学が進んだ世の中だ。何世紀も前の人間が言っていたことなどあてにならん。

エス氏は専用の機械の中で恋人と乾杯をした。


機械は少しせまかった。大人が4人入れる位のドラム型洗濯機といったところか。

中にはセルフサービスのバーがついており、水からキリマンジャロまでなんでも揃っている。

壁向きにテーブルと椅子、壁には直径50センチの窓が1つついており、そこから高速で移動する宇宙が見えた。何の利益もないが。


「ねえ、エスさん。」

ふと、恋人がエス氏に声をかけた。彼女から声をかけてくることはそうない。何か大切な話があるのだろうと、エス氏は耳を傾けた。

「どうしたんだい。君から離しかけてくるなんて珍しいじゃないか。」

「私たち、これで何年目かしら。」窓を眺めながら彼女は聞いた。

「確か6年目のはずだが・・・それが一体?」

「私たち、お互いに性行為はおろかキスすらしてないわよね。」

「そういうものは結婚してからするものだろう。」

恋人は大きくため息をすると、

「プラトニックね」と答えた。皮肉だった。

月に到着したが、エス氏は立ち上がらなかった。中で一通り話を聞こうと思ったのだ。

「貴方は私を肉体的には求めないのね。」

「あまり君を傷つけたくないんでな。」エス氏はきっぱりと言った。彼の正直な気持ちだ。

「欲情したことはあるの?」

「肉欲はないな。動物としては駄目なやつだ。」

「さみしくなったりは?」

「精神的には」

エス氏がそこまで言うと、突然彼女が立ち上がった。

「もういいわ。今までありがとうねエスさん。だけど貴方じゃ駄目ね。もっと性欲が強い人間じゃないと。」恋人が言った。

「一体何が言いたいんだ?」エス氏が聞いたが恋人は淡々と話を続ける。

「一応教えてあげるわ。私人間じゃないのよ。子孫繁栄と将来のために貴方といたけど、まるで駄目ね。諦めて違う男にするわ。さようなら。」

彼女はヘルメットをかぶり、機械の扉を開けて出て行った。エス氏は扉を見つめるしかなかった。


ー彼女は人間じゃなかったのか。

エス氏はうなだれた。これじゃ、また仲間に馬鹿にされる。

あの子が人間じゃないとは思っていなかった。まさかーまさか、同じ種族だとは。

どうして私はいつも、同じ種族に手をつけてしまうのだろうか。

エス氏はヘルメットを被ると、自分の家に帰宅した。