BL「カウンター越しの恋」

しおり*創作アカ
@ss0usaku

「カウンター越しの恋」(7)完結

「カウンター越しの恋」(7)




終わりは突然訪れた。店が閉店することになったのだ。大手チェーン店ではあるが、ここの店は売り上げがいまいちだったらしい。少し場所を変えて、もう一度やり直すということだった。

確かに、ここは隠れ家的な扱いで客で店内がごったがえすような店ではない。だからこそ、武藤さんと話せる余裕があったのだが。


武藤さんと話せる唯一の場がなくなる。いずれ店が再開するにしても、それまでは会えないし、最悪、今後武藤さんが来なってしまうかもしれない。武藤さんがこの店を使っていたのは、会社に近いからだ。


また武藤さんに会えるようになったのに。思わぬ事態に、僕はひどく落ち込んだ。楽しい日々は続かない。陳腐な言い回しだとバカにしていたけど、確かにその通りだということを思い知らされた。毎朝の「また明日」がいかに脆いものだったか、僕は忘れていた。



閉店が決まった次の日。まだお客さんには閉店の旨を伝えていない。なにも知らずにやってきた武藤さんに、僕はなにも言えなかった。


「おはようハヤカワ君。今日もお疲れ様。」


僕をいたわる言葉。最近いつも言ってくれるようになった。


「おはようございます。武藤さんもお仕事おつかれさまです。」


できるだけいつもと同じように返事をする。いつものあいさつ、いつものコーヒー。「いつも」。でも、この「いつも」はその内消え去る。それを知っている僕は、つい俯いてしまっていたようだ。


「なんだか今日は調子が悪そうだ。大丈夫か?」


武藤さんにも心配をかけてしまった。あわてて笑顔を取り繕い、「大丈夫です」と答えた。

怪訝そうな顔をしつつ、今日もコーヒーを手に立ち去る武藤さんの背を見ながら、僕は一体どうすればいいのか、分からなかった。


いずれは武藤さんもこの店の閉店について知るだろう。そして、僕たちの関係は途絶えるのだ。武藤さんも、悲しんでくれるだろうか。僕に会えなくなることを残念に思ってくれるだろうか。そんな妄想が頭をよぎる。そう思ってもらえたら。僕は幸せ者だなあ。でも、所詮僕はただの店員だ。そんなこと思ってもらえるわけがない。いや、でも、また会えてよかったと言ってもらった。楽しいと言ってもらった。


僕は、武藤さんの中でどういう存在なのだろうか。期待と諦めがぐるぐると頭の中で絡み合う。

そうやって、もやもやを抱えながら数日がすぎた。



そして今日。とうとう閉店のお知らせを掲示する日。武藤さんが、閉店を知る日がやってきた。





「ハヤカワ君、おはよう。ここ、閉じてしまうんだな」


お客さん向けに、閉店告知の張り紙をした日の朝。武藤さんは開口一番そう言った。


「残念だ、気に入っていたのに。」


気に入っていた。そうだ、もう武藤さんがここに足を運ぶようになってから一年以上が経つ。もはや僕だけではなく、店員の中でも有名なお得意様だ。


「最近、君が落ち込んでいたのもそのせいかな」

「そう、ですね」

「なるほど。ハヤカワ君は、移転先でも働くのか?」

「いえ、まだ決めていなくて……」

「そうか」


武藤さんはそう言ったきり、しばらく黙った。

その間にコーヒーの準備は進む。


「お待たせしました。」


出来上がったコーヒーを手に、武藤さんはそのまま去っていった。武藤さんに会えるのも、もう少しの期間しかない。できるだけ話をしたい。それから、未だにやったことのない、コーヒーカップにメッセージを書くことにもチャレンジしたい。


当たり前のように続くと思っていた日常が終わる。そう思うと、あれをしたい、これをしたい、色々なことが湧き上がってくるのだということを知った。しかし現実ではなかなか上手くいかないものだ。気持ちだけが先走って、武藤さんとの会話もしどろもどろになってしまうようになった。そんな僕を心配そうに見ていた武藤さん。店が閉まることを知って、そんなことで落ち込んでいたのかと情けなく思われているかもしれない。

うじうじとした僕。でも、このままで終わってしまいたくない。なけなしの勇気で、なにか、なにかやらなくては。


僕はひとつの決心をした。



次の日。相変わらず武藤さんはいつもの時間にやって来て、ブレンドコーヒーを頼んだ。


「おはよう、ハヤカワ君。」

「おはようございます。」


いつもの挨拶。コーヒーの準備をしながら、心を決める。


「おまたせしました」


カップをカウンターに置く、と同時に、武藤さんがスーツから何かを取りだし、カウンターに置いた。


「これは……」


お互い、一次停止。武藤さんの方には、「次のお店にも会いに来てください」と書かれたカップが。僕の方には、電話番号が書かれたカードが。


「あの……」


驚いて何も言えない僕に、武藤さんは笑って、「お互い考えていることは同じようだね」と言った。


「これからも、お会いできますか」

「もちろん。よければ連絡してくれないか。一度、きみとちゃんと話してみたかったんだ」


カウンター越しじゃなくてね。


笑っていう武藤さんに、僕はこらえきれなくなって、泣いた。それを見て、武藤さんは更に笑ったけれど。





「おはようございます。」

「おはよう、ハヤカワ君。」



あれから半年。移転先の店がオープンし、また僕はそこで朝の仕事に励んでいる。そしてまた、武藤さんも新しい店の方に訪れてくれている。

場所が代わり、来店客は以前より増えた。朝も忙しなくなり、前のようにカウンター越しに会話することもできない。けれども。


「よければ夕飯を食べに行こう。また連絡する」

「はい」


あの日以来、僕と武藤さんは個人的に連絡を取り合うようになった。ご飯を食べに行ったり、ドライブに連れていってもらったり。カウンターの中で働いているときには思いもしなかった関係。未だに信じられないが、武藤さんと僕は定期的に遊ぶようになった。


朝はカウンター越しに、昼はテーブル越しに。夜は隣同士に。



とんでもなく発展した僕と武藤さんの関係。果てしなく高く、遠く、越えられそうになかったカウンターは、いまではちょっとした区切りにしか過ぎない。



「ブレンドコーヒーでお待ちの方。いつもありがとうございます。」

「ああ。じゃあ、また。」

「また。」



また。カウンター越しにコーヒーを。カウンターの外で、信愛を。僕は武藤さんに渡し続ける。そしてそれを、武藤さんは受け取り続けてくれるのだ。


また。また会いましょう、武藤さん。

僕はもう、カウンターを越えられるから。