悪魔の鎮魂歌

空宮@Ibボイスドラマ
@chesyalice_t7s

エピローグ─天国

彼女は何年も、彼がこちらに来るのを待っていた。死界の入り口で、一人。傍にある池から、日々自分の娘とその執事が繰り返す日々を眺めて。

「やあ、待たせてしまったね」

明るい声で、ぴっしりと仕事服を着こなした、すらりとした男性がやってくる。それが生前彼女のパートナーだった男だと、すぐにわかった。

「いいのよ、こうやって二人を見守る日々も、なかなか楽しかったわ」

彼女はそういって微笑みかける。

「じゃあ、行こうか」

「ふふ、来世もあなたに会えるかしら」

「案外、すぐに会えるかもしれないよ」

右手を肩に回す男。ふたりはゆっくりと歩き出す。その先に立ち込める霧は、人間界にあるそれよりも少し軽かった。ふたりの姿は見えなくなって、声だけが反響する。

「いろはったら、十六夜君がいないとき、大泣きしててね。やっぱり、あの子には彼がいないとだめね」

「十六夜の方も大変だったんだぞ。説得するのにだいぶ時間がかかってしまった」

「くす、そんなことだろうと思ったわ。でもそんなあの子たちだからこそ、見つけられるものもあるかもしれないわね」

「そうだな」

声も少しずつ遠ざかっていく。後に残るのは、ふたりの柔らかな笑い声だけ。

ふたりは怖くなかった。心穏やかに、死の世界へと一歩進んでいく。待っているのは、天国か地獄か。わからないまま、霧の向こうへ。


「十六夜、今日の紅茶はミルクを入れないでね」

「かしこまりました」

現世を映し出す鏡となる池は、まだ新たな二人の声を再生していた。

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