海祝

四丸@七月まで多忙で死亡
@littlestone71

彩(サイ)と名乗るこの社を主の姿をしばし眺めてから、ヒルコはやれやれと頭を掻く。

「見付かっちゃったね。…すぐに帰るから心配しなくて良いよ」

そう告げると彩の表情がほんの僅かに曇った。本当に、僅かだが。

「帰ってしまわれるのですか?もし宜しければ話をしたいと思ったのですが、残念です」

「話?おれと?」

「ええ、貴方と」

「…どうして?」

「この社に誰かが来るのは久しぶりなのです。特にこの入り江から来られた方は、貴方が初めてではないかと」

「へえ…。久しぶりか」

どうやら相手は自分が誰かを知らないらしい。

それに安堵して「久しぶりと言うと、どれくらい?」と軽い気持ちで尋ねたヒルコは、返ってきた返事に唖然とした。

「かれこれ、数百年ほど」

「……」

思わず絶句しているヒルコの様子に気が付かないのか、彩はそのまま言葉を続ける。

「人足が途絶えるのも致し方のない事と承知はしております。しかし、社の外の話を聞けないのは些か寂しく…」

「待って。ちょっと待って。君、けっこう位の高い神様じゃないの?こんな立派な社があるのに忘れたように扱われるなんて…」

「私の位が高いかどうかは分かりかねますが、実際に人々からは忘れられているのだと思います」

言い切った。あっさりと言い切った、忘れられてると。しかも位の高さにも自分で気付いていない。

曲がりなりにも神がそれで良いのか。

「人々が土地を治める神の存在を忘れるのを、仕方ないで済ませるのはどうかと思うんだけど」

ヒルコが若干の混乱による頭痛を感じていると彩が一言呟いた。

「私は成すべき事も知らぬ、何も成していない神ゆえ」

舟から彩が立っている砂浜まである程度の距離があるのに、その声は風がわざわざ乗せてくれているかのようによく聞こえる事に気付いた。

「……わかったよ。話、してあげる」