幼児退行してしまった松野カラ松君

マツーミン朱砂@2.3月家宝委託
@susa_akira

優しい松野チョロ松が開始しました。

 「冗談……でしょ?」


 ハハッと乾いた笑いが口から漏れ出す。あの兄弟大好きなカラ松だぞ? そんなことあるわけない。

 そう思って僕はもう一度カラ松を見る。すると「ヒッ……」と小さな悲鳴をあげてカラ松は顏を伏せた。がっしりとした大きな体を震わせ、僕を【恐怖】の対象として見ていた。


「これを見ても、君は冗談だって言うダス?」


 でかパンの諭すような言い方。怒っているわけでも、あきれているわけでもないだろう。単に現実を淡々と述べている。でも、少なくとも今の僕よりはカラ松のことを心配しているのだろう。

 黙りこくってしまった僕は、でかパンに促されて一旦部屋の外に出た。


「は、はかせっ……いかないで」


 部屋を出る前に、カラ松はでかパンにそう声をかけた。まるで、母親が仕事に行くのを玄関で見送る子供の様に、行かないでと言った。


「すぐに戻ってくるダス」


 目元のシワを深くして笑ってでかパンはそう言った。くしゃりと掛布団を握ったカラ松が頷くと、「いい子ダス」と言って僕らは外に出た。


◇◇◇


 「ねぇ、アレどういうこと?」


 ドアが閉まると同時に僕は口を開いた。何が何だかよくわからない。


「変な薬使ったの? 実験の失敗?」

「……ワスは何もしていないダス。昨日、研究所の前で倒れているカラ松君を見つけて中に運んだはよかったダス。ちなみにその時から原因は分からないけれど怪我はしていたダス」


 ああ。僕らのせいで怪我をしたあれか。


「目を覚ましたカラ松君は明らかに様子がおかしかったダス。独りで帰れなさそうだったダスから誰かに迎えに来てもらうよう話をしたら急に取り乱して……怖い、と言ったダス」


 でかパンは僕の方を見た。おおよその予想はついているのだろう。それを、僕の口から出るのを待っている。


「ワスは兄弟の誰かと喧嘩でもしたのかと思って、名前を出して聞いてみたダス。そしたら」

「誰のことも覚えていなかった、でしょう?」


 言われる前に自分で口を挟んだ。でかパンは「やっぱり」とも「ひどい」とも言わなかった。ただ、僕の次の言葉を待っている。

 何が原因か、なんて聞かれればあの誘拐事件だろう。誘拐事件の次の日、家に居づらくなったカラ松は丸一日放浪して、でかパンの研究所の前で力尽きた。そして、現在に至る。


「酷いことを、した。とは思ってる。喧嘩にしちゃ一方的だった。怪我をさせたのも僕らだ」

「〝僕ら〟ということは……」

「うん。完全に五対一。見方によっては僕らが寄ってたかってカラ松を虐めたようなもんだよ」


 話している間、僕はぎゅっと自分の手の甲をつねっていた。そうじゃなかったら途中で話すのを止めてしまいそうだったから。取り返しのつかないことになったんじゃないかって怖くて逃げだしたくなってしまいそうだったから。


「理由はどうであれ、そこは兄弟間の問題ダス。ワスは口を挟めないダス」

「……うん」

「でも、その結果カラ松君はああなってしまったダス。なんらかのショックによる幼児退行、そして君たちのことを忘れてしまった。今の彼は、独りになることに対して強い恐怖を感じているダス。暗いのも駄目だから夜は電気を消せないダス。後は、人から見降ろされるのが駄目みたいダス。だから、話すときは必ず同じ目線かそれより下になって話すようにしてほしいダス」

  

 そう言われて僕はさっきのカラ松の様子を思い出す。恐怖に震え、まともな会話もできなかった。それは、僕がカラ松よりも上の目線に居たからだ。あの日、狂気と一緒に凶器を窓から投げつけた時と同じように。


「正直、今の状態のカラ松君を帰すのは不安ダス。でも困ったことに、ワスは研究の成果発表をしに少し研究所を空けなければならないダス。だから今日、迎えに来てもらったダス」


 でかパンの言うことは最もだ。僕らの所に帰ってきたら、きっとカラ松は今よりもっと苦しい思いをすることになる。こういうデリケートな問題に無関心な長男を始め、キツイ言葉を浴びせる四男やドライモンスターの六男。なんて説明したらいいのかわからない。説明したところでわかってくれるのだろうか。

 でも、ここに居座ることは出来ないのだ。


「……大丈夫だよ。でかパン。カラ松のことは僕が責任をもってちゃんと守るから。だから、もう一回会わせて」


 あの兄弟から、僕はカラ松を守って見せる。記憶が戻るまで。戻ってからも。


「わかったダス」


 僕はもう一度あのドアの前に立った。深呼吸をして控えめにドアをノックした。


「入るね」


 なるべく柔らかに。そう思って出した声はドアの向こうの人物に聞こえただろうか。

 ドアを開けて入ると、カラ松はさっきと同じように酷く緊張した面持ちで僕を見ていた。段々と呼吸がはやくなっていくのが分かる。

 きっと、僕らのことを完全に忘れたわけじゃないんだろう。記憶が思い出すことを拒否している。頭のどこかで忘れられないから苦しくなる。

 近づいた僕は、でかパンがやったようにカラ松のベッドサイドで膝をついた。


「こんにちは。カラ松。僕は松野チョロ松。松野家の三男でカラ松の弟なんだ」


 ゆっくりと、聞き取りやすいように話しかける。


「……まつの、ちょろ、まつ」

「うん。そう。さっきは大きな声だしたり腕を掴んでごめんね。痛かった?」


 僕が腕に目をやると、カラ松が首を振った。


「だい、じょうぶ」


 ぎこちない会話。緊張、しているのだろうか。見れば、掛布団を握った手はぎちぎちに硬くなって震えている。

 その手に自分の手を重ね、僕はカラ松にやわらかい声をかける。


「これから僕たちの家に帰ろう。大丈夫だよ。怖いことはないからね」


 〝家に帰る〟というワードが飛ぶと、カラ松の表情が曇った。大丈夫だと付け足しても、カラ松は目に涙を溜めるだけだった。


「僕が付いてる。だから大丈夫。大丈夫」


 昔、母さんがよくしてくれたように、背中をポンポンと叩くと、少し落ち着いたのか、カラ松の体の力が少し抜けた気がした。


◇◇◇


 でかパンに見送られ、僕らは家路についた。行き交う人を見てはおどおどとして僕にぴったりと体をくっつけてくるカラ松。少なくとも知らない人よりかは信頼してもいい人にランクアップしたようだった。袖をぎゅっと握る力は弱くなったり強くなったり。強くなるタイミングが【赤】【緑】【紫】【黄】【桃】色の服を着た人とすれ違う時だと知ったとき、少し心が痛んだ。

 もうすぐ家が見えると言うとき。


「や、やだ」


 カラ松の足が止まった。


「いやだ……こ、こわい」


 目に涙を溜め、首を振りながら一歩後退する。そのまま逃げだすかと思えば、震えた足は思うように動いてはくれないようでその場に立っているのもやっとというようであった。

 僕はしゃがんでカラ松の手を握る。


「大丈夫。僕も一緒だから。ね?」

「……いたい、あつい、こわいッ」

「痛いことはしない。熱いこともしない。怖いこともしない。もし、そういうことする人がいたら、僕がちゃんと守ってあげるから。だから帰ろう?」


 そう言っても、下唇を噛んだまま俯くカラ松はなかなか首を縦に振らない。

 どうしたものか。悩んでいると、絞り出すような声が頭上から降ったきた。


「ほんとうに、いっしょに、いてくれる?」

「うん。約束する」

「て……」

「て?」


 首をかしげると、カラ松は僕が握っていた手をぎゅっと握り返してきた。


「ても、にぎってて……」


 不覚にも少し可愛いと思った僕は、そのままカラ松を引き連れて家に帰った。二人で。

 居間からは僕ら以外全員の兄弟が居るのだろう。笑い声が廊下まで聞こえる。

 ぎゅっとカラ松は僕の手を強く握った。


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