刃は闇から

第四章 「三成」と「左近」

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「あいつ、何っなの?」

杏璃は狙いすましたように走りにくい脇道へ、脇道へと入り込んでいく。ぼこぼこと浮き出た木の根に何度も躓きながら、名前子は全力疾走でもさほど息の乱れていない杏璃の声に反応して視線を上げた。

「まだ、よくわかんない。いきなり出てきて……あの、殺されたんだよ、山藤くんが」

「まっじぃ?」

怯えているというよりはうんざりしたような声を上げ、杏璃は夜空を仰ぐ。

「まじかよ、マジキチかよ?通り魔こえー」

「杏璃は、その……見てた?ほら、広場みたいなとこで、みんなが……」

走りながら言葉を纏めるのは難しい。謎の男に殺されたクラスメイトの話をするともなればなおさらだ。上がる息をなんとか凝らして、名前子は続けた。

「他の奴に、殺された。たった一度で……五人、六人くらいだったかな」

「ああー、名前子が言ってる広場ってさ、みんながゴロ寝してたとこ?」

サイドテールの金髪を鬱陶しげに後ろに払い、杏璃が弾む息と共に言う。

「あたし多分、最初に起きたと思う。とりあえず起きて、周りを見回ってただけ」

なるほど、名前子が目覚めた時に近くにいなかった訳だ。僅かに安堵して、名前子は吐息する。

速さはだいぶ落ちたが、それでも走り続けなければならない。ぜいぜいと息を上がらせ、次に踏み出した足は、しかし地面を踏めずにぐうと沈んだ。

「……え?」

「お」

隣を走る杏璃も、同じくして間抜けな声を上げる。

急斜面だ。落下するほど切り立ってこそいないが、何も気づかずに踏み出せば――

「あああっ」

名前子と杏璃は、声を揃えて短い悲鳴を漏らした。視界がぐるぐると回る。二人揃って小石のように転がり、斜面の下に滑っていきながら、名前子はやけにきれいな夜空を目に焼き付けた。



粗方の賊は逃げ散った。自分も森の中に入らなければ、これ以上の残党を殺すことはできない。

石田三成は怒りが太く血を通わせる血管が浮いたこめかみを、親指で軽く揉み解した。夜闇に沈んだ森へ単身で切り込んで賊と戦うというのは、いかにも愚策だが、それでも断固として掃討しなければならない。生かして帰すことは、豊臣への侮辱を許すことになる。

最初の斬滅で倒した賊たちが打ち捨てられたままの広場へ、大股に戻る。まだ息のある女がいた。喉笛に刃を沈ませ、末魔の声が消え入るのを待つ。

転がる屍は十。初撃に巻き込んだのが六人、逃げる背から斬りつけたのが四人。自分が討った屍を数えるのは功名心の薄い三成には珍しいことだったが、今は数が重要な局面だ。

残る賊は二十人程度。その数の多さが更なる怒りを呼び起こす。これほどの人数に、豊臣の統治を汚せと唆した者がいる。なんとしてでも首謀者を引きずり出して、然るべき裁きを受けさせなければならない。

「あ、いたいた!三成様ー」

怒りに茹る頭を冷やすかのように、横合いから聞き慣れた朗らかな声が掛かる。三成は一度思い切り眉をしかめてから、横合いの茂みから悠然と歩いて姿を現した部下へ視線をやった。

「遅い」

「そーっスね、やっぱ怒られちゃう感じッスよね!」

頭を軽く掻いてあまり悪びれた様子なく言う左近に構わず、大股に歩き出す。すぐさま追いついて一歩後ろに控えながら、左近は続ける。

「こいつら何なんスかね、忍び?」

「ただの賊だ。草より容易く刈れる」

「や、さっき森ン中でぶつかったんスけど。女二人連れ。けっこうやる感じっスよ、目潰し食らって逃げられちゃって」

思わず歩みを止める。

左近を振り向く。

左近はしばらくきょとんと三成の顔を見て、それから見る間に情けない表情になった。

「三成様……『こいつバカだろ?』って目で見んの勘弁してもらえません?」

まさにそんなことを思っていた。だが、どこかに理由があるはずだというのも、左近の顔から伺えた。三成は僅かに瞑目し、改めて部下の顔を真っ直ぐに見た。

「油断があったな。私を失望させるな」

左近の顔が俄かに引き締まる。勝気な光が、双眸に爛と宿る。

「ご心配なく。三成様にそう言われちゃー、ガチになるしかねえっしょ」

それ以上の言葉は、不要に思えた。行くぞ、とすら言わず背を向けて、三成は木々の狭間へと真っ直ぐに踏み込んだ。



斜面を転がり落ちて、下の地面に叩きつけられる。

しばらくは名前子も杏璃も動けず、喘ぐような呼吸をめいめい響かせ続ける。

先に起き上がったのは、杏璃だった。剥き出しのデコルテから飛び込んだ草の切れ端をばさばさと追い出し、スカートの裾も構わず土の上に胡坐をかく。

「名前子、さっきの通り魔ってさ」

名前子が立ち直るのも待たず、杏璃は息を整えて話し始めた。

「その、広場で暴れたって奴の仲間っぽいの?」

「ふ……う、は……げほ」

答えようとして、苦しいほどに上がる息と咳に邪魔される。うつぶせに転がって地面に手を突き、しばらく吐き出すような咳を繰り返してから、名前子はようやく顔を上げて口元を拭う。

「あのね……私、聞いたんだ。広場で暴れてた奴のことを、『三成様』って呼んでた。多分、仲間なんだと思う」

杏璃の手が背をさする。小さくありがと、と呻いて名前子も身を起こし、揃えた膝を右に流して座った。

「あいつは、『島左近』って名乗ってて……『石田軍の将』って、言ってたでしょ?」

慎重に続ける名前子を前に、杏璃は瞬きを一つして人差し指を下唇に当てる。

「あーあれ。何言ってんのか全然わかんなかったけど、つっこむ雰囲気じゃなかったし」

「私、なんとなく分かる気がするの」

真剣に言い切って、名前子はずいと身を乗り出す。杏璃も釣られたように真剣な光を濃い付け睫毛の下の黒い瞳に宿らせ、名前子を見返す。

「聞いたことない?石田三成と、島左近」

「なーい」

あっけらかんとした返事だった。名前子は小さく肩を落とし、少し力の抜けた声で言った。

「……杏璃もちゃんとやんなよ、社会」

「名前子ってさ、真面目なんだよねー」

いつまでも脱力している訳にもいかない。改めて居住まいを正し、名前子は思考を整理した。

石田三成。安土桃山時代。武断派と文治派。関ヶ原の戦い。

島左近という名前も、その授業の時に聞いた気がする。歴史、と言うよりは戦国オタクの社会科教師。受験に出てこないところばかり熱を入れてやるから、評判はすこぶる悪かったが――

名前子は静かな眼差しで杏璃を見据え、口を開いた。

「石田三成も島左近もね、……戦国時代の人の名前」

噛み締めるように、続ける。

「あいつらは、戦国時代のルールで動いてる――ただの頭がおかしな人なのか、ここが本物の戦国時代だからなのか、それは分からないけれど」

この異常な事態を飲み込むためには、理由付けが要る。それを共有する相手が要る。打ち破る力が湧くのは、その後だ。

状況は何も変わっていない筈だ。それでも、杏璃の眼差しに力が宿った。

「なるほどね」

軽やかに、杏璃が言う。

「それなら、やりようはあるってことだ」

名前子は頷いた。背をさする杏璃の手が止まり、肩を力強く抱き寄せる。

間近に迫る青いアイメイク。濃い付け睫毛でウィンクが映える。

「生き延びような」

「うん」

迷わず名前子は答え、スカートの上で拳を固めた。

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